『-one-』
赤いシルシ P3
その無邪気な笑顔に胸の奥がチクンと痛む。
仕事と分かっているけれどやはりどこかで割り切れなくて辛くなる。
しかもそれを逆手にとって陸を騙そうとするなんて……。
少し気持ちが落ち込みかけるとボーイに何か耳打ちされた陸が立ち上がった。
「エミさん、少し席外しますね」
あぁ……やっぱり忙しいよね。
席を離れるという陸に寂しいけれど少しホッとしたような複雑な胸の内は見せずに小さく頷いた。
「そんな寂しそうな顔しないで、歌ったらまた戻って来ますから」
「……歌?」
「そう、ゲストの皆様に俺達から歌のプレゼント。だからまだ帰らないで下さいね」
陸はフロアの中央へと歩いていく。
他のホストのみんなもそれぞれ名残惜しそうにテーブルから離れ、女の子達の視線は中央に集まったホスト達に注がれる。
歌って……クリスマスソングでも歌うのかな?
そんな事を思っていると聞き覚えのある軽快なリズムのクリスマスソングのメロディが流れ、賑やかにショーは始まり手拍子や鈴の音が店内を埋め尽くす。
中にはホストに手を引かれ一緒に歌っている女の子も。
その曲に合わせるようにサンタとトナカイの衣装を身に付けた悠斗君と響君が大きな白い袋を片手に店内を歩いている。
「メリークリスマス!」
陽気な声と共に渡された赤いリボンのついたセロファンの袋にはクッキー。
そして続いて現れた黒いタキシード姿の誠さんは赤い薔薇を一輪手にしていた。
「メリークリスマス、素敵な夜を」
耳元で囁きながら持っていた薔薇を髪に挿す。
童謡のクリスマスメドレーが終わると中央には陸一人が残った。
何? 何が始まるの?
さっきまでの光と音の洪水が止み、静けさが訪れた店内は呼吸さえもはばかられるほど静まり返っている。
暗くなった店内はツリーのライトとテーブルのキャンドルの灯り。
スポットライトを浴びて煌めく陸の姿。
そしてイントロもなく陸がゆっくりと歌い出した。
あ……この歌。
よく知っているその曲は陸の好きなラルクアンシエルの冬のバラード。
最近、よく車の中で聞いているなぁと思っていたけれどようやく理由が分かった。
しっとりと歌い上げる姿をそこにいる全員がうっとりと聞き惚れている。
もちろん私も。
そのせいか私は本来の目的を忘れそうになっていた。
[*前] | [次#]
コメントを書く * しおりを挟む
[戻る]