『-one-』

赤いシルシ P2


「いい? 相手は客商売なんだから相当気をつけないとすぐにバレちゃうよ」

 店に向かうタクシーの中で美咲に何度も念を押された。

 大丈夫、まだバレていない。

 マイクで拾った栓を抜く音を合図に、グラスにはオレンジとも金ともピンクともいえる煌めく液体が注がれた。

 今日はこのドンペリの瓶が一体何本くらい空けられるのだろう。

 そんなことをぼんやり思いながら不況知らずのホストクラブのクリスマスパーティは華やかに始まる。

 私の視線の先には光沢のあるシルバーのロングタキシードを着た陸がいる。

 まるで結婚式場から来た新郎みたいと思わず笑みが浮かぶ。

 一応指名はしているけれどまだ忙しそうに分刻みでテーブルからテーブルへと渡り歩き、行く先々の女性の視線を攫いそして心を蕩けさせている。

 カッコいい。

 自分の恋人の事を目で追いながら改めてそう思った。

 久しぶりのホストとしての陸はやっぱり誰よりも輝いていて、この仕事が天職なんじゃないかとさえ思える。

「美咲さん、メリークリスマス! 今日はまた一段と綺麗な方をお連れですね。」

「メリークリスマス、陸くん! 私の友達のエミよ。宜しく頼むわ」

 ようやく顔を見せた陸と美咲が言葉を交わすのをなるべく落ち着いた表情で待つ。

 でも緊張は最高潮に達していた。

 美咲と挨拶を交わした陸はゆっくりと視線を私に向けた。

「ようこそclub oneへ。隣に座る許可を頂けますか?」

 まるで中世の騎士のように片膝を付く陸。

「どうぞ」

 少し気取った話し方をする。

 視線の端で美咲が小さく頷いたのを見てホッと胸を撫で下ろしたけれど、まだまだ油断は出来ない。

 けれど隣に座った陸からエゴイストプラチナムの香りが鼻先をくすぐると、いつもの自分に戻ってしまいそうと弱気になる気持ちになるけれど、何とか気持ちを奮い立たせて胸を張る。

 大きく開いた胸元は寄せられた谷間がはっきりと見え、陸が知ったら目くじらを立てて怒るのは間違いない。

 でも今の陸は本当に違う人だと思っているのか、魅惑的な笑顔と体の奥へと流れ込んでくる甘い声でホストの陸として私を見ている。

「エミさんは色が白いから赤いドレスがとても似合いますね」

 そう言いながら妖艶に微笑む陸のグラスを持つ指の色っぽさに視線が釘付けになる。

 祝日だった一昨日は昼過ぎに起きた陸にそのままベッドに引きずり込まれて、この細く長い指であっという間に翻弄されてしまった。

 ぼんやりしている私の視界に陸の顔が割って入る。

「あ……ごめんなさい」

「ごめん、楽しくないかな?」

「そんな事ないわ。とても楽しいわ」

 普段とは違う言葉遣いに少しぎこちなさがあるけれどにっこりと微笑む。

 こんなんじゃすぐにバレちゃうじゃない。

 今日の作戦はバレないように変装して帰りに店を出た所で陸に実は私だったの! って言って驚く顔を見る。

 その予定なのにいつもよりもカッコいい陸に翻弄されっぱなし。

「エミさんはサンタを信じてますか?」

「えっ?」

 突然そう切り出した陸がにっこりと微笑む。

 どうしてそんな事を聞かれたのか分からず曖昧な笑みを浮かべて首を傾げた。

「俺は信じてるんだ」

 悪戯を企むような少年の顔になった陸が左目をウインクする。

 も、もしかして……もうバレた??

 けれど私のそんな心配を他所に陸は周りに聞こえないような声で耳元で囁く。

「聖なる夜にエミさんと出会わせてくれた。きっといい子にしてた俺へサンタからのプレゼントですよ」

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