『-one-』

公認彼氏 P12


 化粧室を通り過ぎてスタッフしか入れない所まで来るとようやく足を止めた。

 陸は背中を向けたまま一言も話さない。

「陸…?」

 呼びかけても振り向こうともしない。

 後から顔を覗き込もうとするとフイッと体の向きを変えて見せようとしない。

 仕方なく陸の手を掴むと強引に陸の前に立った。

 俯いている陸の目にはうっすらと涙が浮かび固く唇を結んでいる。

「…そんな顔しないで?」

 陸の頬に触れようと手を伸ばしたらプイッと横を向いてしまった。

 私と目も合わせようともしない。

 もちろんその原因が自分にある事は十分に分かっているからこそ悲しそうな陸の表情を見ていると胸が痛んだ。

「陸…ごめんね? でもさっきはあーでも言わないとあの子達諦めてくれないと思ったから」

「………」

 返事は返って来ない。

 だんまりを決め込んでしまったのか顔を横に向けたままピクリとも動こうとしない。

「私には陸だけだよ。陸も分かってるでしょ?」

「………」

「陸…お願いだから何か言って?」

 一向に反応を示さない陸の体を少し揺さぶった。

 私の言った事は確かに陸を傷つけるような事だったけれど私の本心じゃない事は理解して欲しい。

 陸の仕事に迷惑をかけない為に仕方なく口にしたんだって事を誰よりも一番に理解して欲しかったのにそれを理解してくれるどころか何も答えてくれない。

 自分で蒔いた種とはいえ悲しくなって来た。

「―――よ」

「えっ?」

 ようやく陸が何か喋ったけれどあまりに小さな声で聞き取れなかった。

 聞き返した私は今度は聞きのがさまいと陸の口元に意識を集中した。

「今日はもう帰れよ」

 聞き間違いかと思った。

 その声は突き放すように冷たくて視線は私に向けられる事なく壁を見つめている。

 その言葉に心が抉られたような痛みを感じた。

(どうして分かってくれないの?)

 本当はそうやって言いたい、だけどここは陸の職場で陸の仕事はホスト、女の子達がカッコいいホストの陸を待っている。

 私はここにいるべきじゃない。

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