『-one-』

公認彼氏 P4


(どうしよう…)

 何か良い案はないかと考えていると神の声が聞こえて来た。

「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」

 優しい声の紳士的な話し方。

 頼れる人はこの人以外にもういなかった。

「誠さぁん…」

 今日も2つボタンのシングルの黒いスーツをビシッと着こなした誠が姿を現した。

 コバルトグリーンのポケットチーフがパッと目を惹くがそれに負けない涼やかな笑顔で出迎えてくれた。

 私は抱き着きそうな勢いで近付くと早口で事情を説明した。

 黙って聞いていた誠は聞き終わると力強く頷いてから少し待つように言ってフロアの方へと歩いて行った。

(だ、大丈夫かな…)

 待っている間も不安で仕方が無い。

「お待たせしました」

 しばらくして戻って来た誠さんは私を案内しようと促した。

「だ、大丈夫なんですか?」

 何の説明もないのは心許ないとばかりに私は誠さんの腕を掴んで引き止めた。

 立ち止まった誠は少し驚いた顔をして振り返ったがすぐに穏やかな笑顔に戻った。

「安心して下さい。スタッフには麻衣さんは新規のお客様として接客するように伝えました」

 私以外には聞こえないように配慮された小さな声で囁かれた。

(良かったぁ…)

 ようやく安堵のため息をつく事が出来た。

 面倒な事が起きる前に適当なところで先に帰れば問題ないはず。

 急に気持ちに余裕が出て来た私は手櫛で髪を整え始めた。

「ただ…お連れの方が陸を指名されていましたから気をつけて下さいね」

「……エッ?」

 手がピタッと止まった。

 彼はナンバーワンだし指名率が高いことは重々承知しているけれど…こんな時くらい…。

 このまま何事も起こらずに店を出る事は難しいかもしれない。

 さっきまでの気持ちの余裕はほんの一瞬で消えてしまった。

「深呼吸でもしますか?」

 呆然としている私を見た誠さんは少しからかうような口調で笑っている。

 思わず口を噤んで唇を尖らせた。

 こんな時でもこの人はこの状況を楽しんでいる。

 お客様の前で紳士な姿しか見せない誠の本当の姿を知っているだけに余計に癪に障る。

「何かあったらすぐに助けて下さいね?」

 恨めしい視線を送るとクスッと笑われた。

「もちろんです」

 頼りになる返事だったが口の端がわずかに上がっているのを見逃さなかった私はため息をついた。

(やっぱり逃げれば良かった…)

 後悔しても時すでに遅し…運命のテーブルは数メートル先に待ち構えていた。


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