『-one-』

ある夏の一日'08 P6


「ねぇ…まだ出ないの?」

 もう何周目か分からない。

 麻衣はずっと浮き輪に掴まったまま流水プールにいた。

「何で?気持ちいいじゃん」

 陸も浮き輪に掴まって麻衣と向かい合っている。

 さっきから何度も麻衣が次はどうする?と聞いても陸は出ようとしなかった。

「陸ー?滑り台は?」

「後でね」

「じゃあ波のプールは?」

「後でね」

「むぅー…なんか怒ってるの?」

 ようやく陸の異変に気付いた麻衣の眉が八の字になった。

 暗い表情になった麻衣から逃げるように陸は麻衣の後ろへと回った。

「陸ぅ?」

 陸は手を伸ばして麻衣を抱きしめるように浮き輪を掴んだ。

「だって…外に出たら麻衣の水着姿ジロジロ見られんじゃん」

「はい?」

「俺以外の男が麻衣の裸見るのはムカツクのっ!」

「裸じゃなくて…水着でしょ?」

 麻衣は浮き輪の中で体の向きを変えると陸と向かい合った。

 拗ねた顔の陸は口を尖らせている。

「ビキニなんて裸と一緒じゃん!」

「この水着を選んだのは誰だったっけ〜?」

 麻衣は朝の反撃とばかりに陸の顔を覗き込んだ。

 だが陸はまったく聞く耳持つつもりもないらしい。

 麻衣の言葉を気にかける事もなく言葉を続けた。

「他の男が見る事まで思いつかなかったし…だいたい麻衣の水着姿が可愛すぎるからいけないんだよっ!」

「…ほんと恥ずかしいから止めて?」

 陸のストレートな表現に周りにいる人達の視線が麻衣に集中した。

 麻衣は恥ずかしくてたまらず顔を伏せた。

「だってほんとの事じゃん」

「もーぅ!分かったからぁ…」

 麻衣はまた逃げ出すしかなさそうだった。

 流れるプールのはずなのに麻衣は水の中でバタ足を始めて一人だけスピードを上げた。

 だが今度は陸を振り切れない。

 後ろを振り向けば浮き輪に掴まって気持ち良さそうな顔をしている陸と目が合った。

「陸のばかっ!」

「照れてる麻衣も可愛いっ!」

 陸が浮き輪にしがみつくとさらにスピードを上げようと麻衣は必死に足を動かした。

 周りから見えるこの二人はイチャついているだけのバカップルにしか見えていなかった。

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