『-one-』
小さな嵐 P8
大きく手を振った途端自転車がバランスを崩してグラグラと揺れると後ろから長い腕が伸びるとハンドルを握って立て直した。
小柄な麻衣がすっぽりと腕の中に収まってしまった。
−チッ−
陸は聞こえないような小さな舌打ちをした。
「ばかっ!手離してんじゃねーって!」
よく通る男の声が耳に届いた。
「奏ちゃんが後ろだからバランス悪いんだよー!」
奏ちゃん?
親しげな麻衣の話し方にピクッと反応した。
その呼び方から二人がただの知り合いじゃない事はすぐに分かった。
こいつ誰だ?
「うるせー!いーから早く足動かせー」
テンポの良い会話をしながら自転車は近付いてキキッと音を立てながら陸の目の前に止まった。
「陸っ!早かったね!」
麻衣は嬉しそうな声を上げて陸に声を掛けた。
だが陸は地面に足を付けたまま自転車に跨ったままの男から視線を動かさない。
「陸、えーっとコレは奏ちゃん」
「おいおいっ!人に紹介する時にコレはねーだろ!コレは」
「もーっ、いちいちうるさいなぁ!」
二人はまるで子供のようにじゃれ合っていて陸から見ればお互いが必要以上に触れ合っているように見えて気に入らない。
「で、この人は陸」
ようやく麻衣が陸を紹介すると陸は仕方なくといった感じで頭を下げると奏太もとりあえずといった感じで返す。
「竜さんに聞いたー。すっげー年下のホストなんだってな?」
「お父ちゃんってばお喋りなんだからっ」
奏太がチラッと陸の方を見て目が合うと陸は誰が見ても不機嫌そうな顔をしたが、奏太は気にも留めずすぐに視線をそらした。
「こんな可愛いホストどうやって落としたんだぁ?やっぱり大人の女の色香で迫ったのか?」
奏太はニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら麻衣の肩に手を回す。
「ははっ!やっぱり私にも大人の女の魅力があるって事?」
「そりゃー昔に比べたらすこぉーーしな?」
麻衣は奏太の腕を嫌がる風でもなく、ましてや奏太の少し嫌味のある問いかけに怒る事もなく笑顔で返している。
何で、笑ってんの?
何で他の男に簡単に触らせてんの?
「麻衣、ケーキ買って来たよ」
努めて平静を装ったものの声は硬くぎこちなかった。それでもどうにか麻衣の意識を自分に向けさせたかった。
「あっ!私の好きなとこのだ。奏ちゃんも食べて行ったら?すっごくおいしーんだよ」
麻衣の言葉に目を見開いて驚くと思わず麻衣の腕を掴んだ。
麻衣は不思議そうな顔で見上げただけで陸は何も言えなくなってしまった。
「あー悪ぃ、これから行くとこあんだわ!じゃあな」
奏太はそう言うと自転車で走って行ったが去り際に陸としばらく視線を合わせていた。
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