『-one-』
零れた想い P58
他に客がいるのに二人がいるこのスペースだけがまるで他とは違う場所のように空気が張り詰めている。
麻衣はチラッと陸の方に視線を向けた。
陸…何だか辛そうな顔してる。
やっぱり私に会いたくなかったのかな。
麻衣は会いに来た事をもう後悔してしまった。
麻衣は膝の上で握り締めていた手を強く握ると小さく息を吐いた。
「ごめんなさい…仕事中なのに」
麻衣は覚悟を決めて話を切り出した。
「いや…大丈夫だよ」
陸の声が優しく聞こえて麻衣はいくらか話をする勇気が出たような気がした。
「陸のホストの仕事を邪魔をしたくないって思ってて…」
どんなに気を付けても声が微かに震えている。
陸は膝の上で組んだ手元に視線を落としながら麻衣の言葉に黙って耳を傾けている。
「でも…待ってるのも辛くて」
「だけど負担になりたくないから陸の事応援しようって」
ここに来る前に言いたい事は整理してきたはずだったのに、今はもう頭の中が真っ白。
「それなのに私は他の男の人と食事をして…でも陸なら事情を話せば分かってくれるって」
あーもぅ…何言ってるんだろう。
麻衣は混乱していた。
こんなはずじゃなかったのに…。
あんなに覚悟を決めてきたはずなのに陸の顔を見た途端、その覚悟も簡単に崩れてしまった。
それでも陸は何も言わずに聞いていた。
「陸はいつも優しくてそばにいてくれて…ホストの時の陸は本当に素敵だから仕事頑張って欲しくて…」
違う…。
本当に言いたい言葉はそうじゃないくて。
一番言いたい言葉はなかなか口から出せなかった。
もし言って拒絶されてしまったらもう本当に終わってしまう。
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