『-one-』

零れた想い P55


 店に出ると陸は今までの重い気持ちを吹っ切って仕事に集中した。

 最近は新規の客も増え同伴も多くなって前よりもずっと売上が伸びている。

 今日は馴染みの客の相手で悠斗や後輩達と楽しい酒を飲んでいる。

 平日のこういう雰囲気を陸は気に入っていた。

 ワイワイ騒ぐ仲間たちの輪の中にいながら心はどこかに置いて来てしまったようだった。

 店にいると気が付けば麻衣の事を思い出す。

 こんな平日の空いている時に来てみんなと話をするのが好きだった麻衣。

 酒が好きなくせに飲みすぎると酒癖が悪い。

 いつもその面倒を悠斗が見る事が多くて…。

 店に入って来るとまず俺の事を探してそれから目が合うと…嬉しそうに微笑むんだ。

 そんな些細な事まで鮮明に思い出せる。

 今はもう叶わないけど。

 陸は気持ちが沈んで行くのを感じると吹っ切るように軽く頭を振った。

 何やってんだ。

 俺がしっかりしないとまた後輩に示しがつかないって誠さんに怒られる。

「陸…さん」

 隣に座っている悠斗が俺の袖を軽く引っ張って呼んでいる事に気がついた。

 悠斗は俺の顔ではなく反対の方を向いている。

「どうしたんだよ」

 人の事を呼んでおいて一体何だよと悠斗の見ている方を目をやった。
 
 一瞬息が止まった。

 幻を見ているのかと思った。

 そこには今頭の中に浮かべたばかりの麻衣が立っていた。


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