『-one-』
零れた想い P50
陸は麻衣が居なくなった後もマンションに戻る気になれず誠の所に居候したままだった。
陸がいつもより早目に支度をしていると誠が近付いてきた。
「今のお前さぁ…すげぇ格好悪ぃよ」
ソファに腰を下ろして煙草に火を点けると陸を睨みつけながらはっきりとそう言った。
陸のボタンを留めていた指が止まる。
「麻衣ちゃんに冷たくされても必死に口説こうとしてた頃の方がよっぽどマシだったんじゃねぇの?」
陸は何も言い返さずにまたシャツのボタンを留めながら出掛ける支度を続けた。
何度も麻衣の実家に電話をしようとしたけれど勇気が出なかった。
麻衣の会社に行こうともしたけれどそれも出来なかった。
あんなひどい事をしたのに今更何て言えば麻衣は許してくれるのか分からない。
もう俺の事なんか顔も見たくないのかもしれないのに…。
「お前みたいな男に引っ掛かった麻衣ちゃんが気の毒だよ」
誠の言葉に陸は唇を噛んだ。
そうだよな…俺みたいな男と出会わなければ麻衣だって辛い想いをしなかったかもしれない。
「結婚したいだなんてお前の決意はよっぽど軽いもんなんだな」
「誠さんに何が分かるんだよ!!」
誠の言葉にカッとなった陸は持っていた上着を床に投げつけた。
「全然分からねぇし、分かりたくねぇよ。好きな女泣かせてウジウジ悩んでる男の気持ちなんて聞きたくないね」
「そうですよ。俺は…麻衣を泣かせる事しか出来なかったんですよ。幸せにするって言ったのに…俺じゃあ幸せに出来ないんすよ」
誠は陸の事をジッと見ていた。
上着を拾って袖に通す腕も足も…体全体が震えている。
「俺みたいな男よりもっと優しくて麻衣を守ってくれるような男の方が麻衣は幸せに…」
「俺は好きな奴が側にいるだけで幸せだと思うよ。」
俺だってそう思ってた。
隣にいるだけで幸せだって笑ってくれるって…でも麻衣の笑顔が思い出せないんだよ。
もうずっと泣いた顔しか見ていないから。
陸は何も答えられずに部屋を後にした。
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