『-one-』

ホストと車 P5


 『CLUB ONE』 AM9:00

 誠の提案で始めた日の出営業…はっきり言って大ハズレだったようで店内は閑散としていた。

 唯一の客を陸が一人で相手をしている。

「随分と寂しいわね」

 陸の常連客の百合が店内を見回してクスリと笑った。

「うちのお客様は朝が弱いようですね」

「私は陸と二人でモーニングと思えば起きられるけれど?」

 二人の前には何とサンドイッチとコーヒーが並べられていた。

「百合さんには頭が下がりますよ。昨夜だって遅くまでいらしゃってたのに…朝からこんな差し入れまでとは…」

「若い子のエキスを吸ってるからかしら?」

「俺以外のエキスは吸わないように…」

 陸が意味ありげに微笑むと百合はアラ?と少し嬉しそうな顔をした。

「陸一人で十分よ?今朝も何だか…あなたの周りには甘い色香が漂ってるわよ?朝…なのに?」

 百合の意味深な発言とチラッと送られた視線に陸はドキッとした。

 まさか今朝の麻衣とのエッチの匂いが残ってるのか?

 女ってそういう事だけは敏感だしな…。

「実は朝から百合さんと逢えて嬉しかったから…」

「そういう事にしておくわね」

 陸がホストデビューした頃からの客でさすがの陸も百合の前ではなかなか思うように接客が出来ない事もある。

 百合は麻衣の事気付いてるんじゃないかと最近陸はよくそう思う事がある。

 百合自身がはっきりとそういう事は口にはしないが遠まわしに意味ありげな事を口にする。

「それで…昨夜の話は考えてくれた?」

「いや…それは…」

 一番ふられたくない話題で思わず視線を逸らしてしまった。

「遠慮はしなくていいのよ」

「遠慮というわけでは…」

 だからずっと隠していたのに…と心の中でため息を吐いた。

 実は昨夜の接客の時のこと−

 誰か口を滑らしたのか分からないが陸の車が廃車になったという噂で店は持ちきりだった。

「一体どいつだよ。あれ程口止めしたのに…」

 ブツブツ文句を言っているのを悠斗がひたすら聞き役に回っていた。

「でもどうして車持ってる事隠してたんすか?」

「あー色々面倒な事があるんだよ」

 その面倒な事はすぐにやって来た。

「陸ー聞いたわよ?」

 百合が不敵な笑みを浮かべている。

「何の事ですか?百合さんの耳に入るような悪い事した覚えはないけどなぁ」

「まぁしらばっくれちゃって…車、持ってたんですって?」

 あー百合さんの耳にまで入ってるのか。

 陸はがっくりと肩を落とした。

「隠し事はバレちゃだめよねぇ?」

 ほらまた何だか意味深な口調で…。

 百合は陸の前に袋から取り出した物をドサッと置いた。

「な、何ですか?」

「好きなのを選びなさい」

 好きなのって…これ車のパンフレット。

「うぉーすげぇ…」

 周りに居たホスト達がそれぞれにパンフレットを手にして驚いている。

「百合さん…これはちょっと…」

 今まで色々なプレゼントは貰ったけれどさすがに車まで貰うのは陸としては気が引けるのだ。

「車がないと不便でしょ?」

「いや…そこまでは…」

 確かに不便は不便だけど外車に乗るつもりなんてないし買う車は麻衣と二人で決めるつもりでいる。

 それに…俺が車を持っていると分かれば必ずドライブへ行きたいとか言れて車に乗せなくちゃいけない…。

 自分の車には麻衣しか乗せたくない。

「すぐ断るなんて無粋な真似しないでね?」

 断る理由を考えているうちに百合にそう言われて陸はパンフレットを受取るしかなかった。

 昨夜の話を思い出しながら陸は考えをめぐらせた。

「なかなか車を運転する時間がないからせっかく貰ってももったいないですよ」

「ホストなら車ぐらい持ってるべきよ」

 陸の言葉もあっさり交わして百合は涼しい顔をしている。

 この人には敵わないなぁ。

 陸は周りをがっちりと固められたような妙な圧迫感を感じていた。

「それともプレゼントされた車には乗せたくないような人がいるとか…」

 えっ…。

 百合の言葉に陸の表情が強張った。

 カマを掛けているのか?

 それとも本当の事を知っている?

「あらあらそんな顔したらいい男が台無しよ。前はもう少しポーカーフェイスが上手だったのに…ね?」

 陸はなるべく表情を変えないように百合の顔を見ていたが全身からは嫌な汗が噴出している。

「百合さんが変な事を言うのでびっくりしたんですよ…」

 なるべく落ち着いて声を出した。

「ふふ…でも最近の陸は前よりも素敵よ?私は今の方が好きよ。たまに見せる優しい顔とか」

 絶対バレてる…絶対麻衣の事バレてる。

 陸は確信したがこのまま何とか百合の機嫌を損ねないようにしたい。

「百合さんに褒めてもらえるなんて俺には最高の褒め言葉ですよ」

 焦った心の内を悟られないようにいつもよりも声のトーンを落としてゆっくりと囁いた。

 食事を終えた百合が煙草を取り出したのですぐに火を点けた。

「そういう顔をしてなさい…」

 微笑んだ百合の手が陸の頬に触れた。

「私と他の子は違うわよ。上手く遊べない若い子の独占欲は怖いって事陸なら分かるわよね?」

 百合はまるで諭すようにゆっくりと言った。

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