『-one-』

親心 P9


「携帯を持ってきた時に車で来たって言ってたぞ?」

「嘘だっ!あいつは一人じゃまともに運転出来ないんだっ!」

 大きな声を出して誠に掴み掛かった。

「落ち着けって…今美咲が病院に付き添ってるから麻衣ちゃんに間違いない」

 陸が真っ青な顔をしてガタガタと震え出すと誠は安心させようと言葉を続けた。

「車はダメみたいだけど麻衣ちゃんは頭をぶつけただけで検査でも異常はなかったらしい」

「なんで車になんか…」

 陸は震える手で誠にしがみついて立っているのが精一杯だった。

「少しでも早く携帯を届けたかったんだろ?事故の事もお前の仕事が終わるまでは黙ってて欲しいって言われたけど…」

 バカ…何でそこまでするんだよ。

 陸は今にも走り出したいのを奥歯を噛みしめて耐えた。

「早く行ってやれ」

「行け…るわけないじゃないですか…」

「おい、お前何言ってんだ」

 フロアへ戻ろうとする陸を誠は慌てて引き留めた。

「いいから早く行ってやれ、お前だって顔見たら安心するだろ」

「誠さんっ!」

 陸は何かを振り切るように頭を激しく振った。

「あいつの気持ち無駄にしたくないんですよ!今更勝負投げ出せないです」

「今回は仕方がないだろ、事情が事情なんだし…」

「仕事とプライベート分けろって言ったのは誠さんですよ」

 誠は言葉を失った。

 陸は真っ青な顔をしているのに必死に耐えようとしている。 

 その姿を見てここまで追い込んでしまったのは自分だという事に愕然としていた。

 本当は今すぐ麻衣の所へ駆けつけたい。

 この目で見て触れて麻衣の無事を確認したい。

 だけど…ここで抜けたら負けるのは確実。

 残り時間は後少しこれで負けたら麻衣に顔が見せられない。

 麻衣が無事って言葉だけを信じて今は仕事に集中するしかなかった。

「それじゃあ、俺戻ります」

 陸は顔を上げて戻って行った。

 閉店まであと30分。

「おいおいこんな展開ありえねぇだろ…」

 思わぬ展開に誠は頭を抱えた。

「陸、おかえりー!」

「ただいま、愛ちゃん」

「あれぇ?何か顔色が悪い?」

「そうかな?じゃあ愛ちゃんに介抱してもらおうかな」

 テーブルに戻った陸は平静を装っていて誰にも気付かれていないはずだった。

 けれど隣に座っていた悠斗だけは不意に触れた手から伝わった微かな震えと異常な程の冷たさから異変を感じ取った。

「陸さん…大丈夫っすか?」

 周りに聞こえないようにソッと耳打ちをした。

「どうした?」

 笑顔を向けて軽く肩を叩いたけれどやはりその手からは確実に震えが伝わってくる。

「どうしたって…何で震えて…」

「悠斗…あと少しだからそれまでここにいてくれな」

 いつになく弱々しい言葉を吐いたが悠斗の肩を掴む手はさっきよりも強くなるでそうでもしないと倒れてしまいそうな程強く掴んでいる。

「陸さん…?」

 もう一度悠斗に向って微笑むとすぐに客の方へと向き直った。

 普通じゃない陸の様子に戸惑いながらも少しでも陸に注意がいかないようにと悠斗はその場を盛り上げた。

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