『-one-』

ホストクラブ P5


 背中に俺は怒ってると書いてあるみたい。

 麻衣は二歩後ろを陸の背中を見ながら歩いている。

 どこへ向っているのかも分からないけどとても聞ける雰囲気ではないので麻衣は黙ってついて行くしかない。

 もうかなりの時間歩いているのに陸は一向に止まる気配も見せずタクシーを拾う素振りを見せない。

 重い沈黙に耐え切れずに麻衣は口を開いた。

「お、怒ってるよね?」

 ようやく陸の足が止まった。

 けれど何も答えずに立ち止まったまま振り向こうともしないので、麻衣は歩み寄って隣に並んだ。

「よくそんな事聞けるよね?」

 ヒィィィ…。

 麻衣はその声の怖さにすくみ上がりそうになった。

「俺が怒ってないって思う根拠があるなら聞かせて欲しいんだけど」

「そ、そういうわけじゃないんだけど…」

 怒りの篭った陸の声にビクビク怯えている麻衣を見て陸は頭に手をやりながら息を吐いた。

「陸…ごめんね?」

「何が」

「ホストクラブ行った事…」

「何で行ったの」

「テレビで見たようないかにもってお店があるって」

 美咲さんにそそのかされたのか…。

 全くあの人は余計な事ばかり麻衣に教えて…陸は心の中で舌打ちをした。

「本当にごめんね?」

 上目遣いで縋りつくように謝られると陸は顔を上げて空を見上げた。

 そんな風にされたらすぐに許してしまいたくなる。

 自分の怒りが少し治まるのを待ってから帰ろうと思って歩いていただけなのに麻衣には十分反省する時間になったらしい。

「ごめんね」

「あーっ、もぅ!」

 急に声を出して頭をクシャクシャと掻き毟ると陸は麻衣の手を引いて早足で歩き始めた。

 5分ほど歩くと躊躇する事なく白い建物の中へと入った。

 二人が入ったのはラブホテル。
 
 陸は黙ってソファに座っている。

 ラブホテルにしてはセンスのいいインテリアに広めに作られた部屋。

 大きなベッドからはガラス張りの浴室が見えるようになっていた。

「麻衣、こっち来て」

 部屋に入ってから一言も話さなかった陸は立ち上がると麻衣を呼んだ。

 麻衣は陸に洗面所の前に立たされた。

 陸は後ろに立つと鏡越しに麻衣の顔を見ている。

 麻衣は不謹慎ながらいつもと違うシチュエーションにドキドキしていた。

「り、陸?」

 鏡越しに目があったまま何も言わずにただ鏡の中の麻衣を見ている。

 陸ってやっぱり格好いいよね。

 普段見慣れている顔なのにじっくり顔を見たのは久し振りでこんな状況なのに思わず見惚れてしまった。

「手と顔…」

「手?顔?」

「洗って」

「へっ?」

「早く!手と顔洗って」

 陸の迫力に負けて水を出して慌てて洗う。

 タオルに手を伸ばしたが先に持っていた陸が麻衣の顔をタオルで覆った。

 苦しそうに声を上げる麻衣に構う事なくゴシゴシと顔を擦りながら拭くとソファへ戻って座った。

 意味の分からない麻衣も陸を追うようにして戻ると陸の隣に座って陸の機嫌を伺っている。

「何でキスされてんの」

 あ…それで顔洗えって言ったんだ。

 陸の言葉に麻衣はさっき夕夜にキスされた唇に手を触れた。

 陸は麻衣のその仕草も気に入らない様子で手を離させると自分の手の甲でグイグイと拭うと噛み付くようにキスをした。

「男と間接キスなんて気分悪ぃ…」

 自分の唇も手でグイッと拭うと立ち上がって歩いていくとすぐにジャーと水音がして部屋へ戻って来た。

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