『-one-』

優しい手 P3


 こんな真っ直ぐな人間になったのはきっと陸の両親のおかげなんだと私は思う。

「陸の両親はどんな人だったの?」

「どんなって…普通だよ。ほんっと普通」

 陸は持っていた茶碗とスプーンをトレイに戻すとベッドの端に腰掛けて麻衣の肩を抱き寄せた。

「親父は普通のサラリーマンで母さんは専業主婦のくせに掃除や料理が苦手で…」

 初めて聞く陸の両親の話に麻衣は黙って耳を傾けた。

「それなのに親父は母さんにベタ惚れでいつも笑っててさ…親父の口癖がさ女の子には優しくしないダメなんだぞって」

 麻衣の肩を抱く手に力が入りこめかみに軽くキスをするとゆっくりと深呼吸をしている。

「事故の時もさ…母さんを庇うように死んでたんだってさ…」

「り、陸…」

 そんな事を陸に思い出させたかったわけじゃなかったのに。

 陸が辛そうな顔をするのを見て胸が痛んで肩を抱いている手を握って陸の胸に頬を寄せた。

「あんな親なんだけど…俺結構好きだったんだなぁって思う」

「ごめんね、なんか辛い事思い出せちゃったみたい…」

 申し訳なくて謝る麻衣を陸は強めに抱きしめる。

 優しく何度も髪を撫でてゆっくりと体を離した。

「違うよ。俺の親って事は麻衣の親にもなるわけだしさ…まぁ死んでいないんだけどね、知ってて欲しいかなって感じ」

 麻衣の顔を手で挟んで顔を近づけると“ねっ”と照れくさそうに笑いかける。

「ありがと…」

 またひとつ…二人で大事な事を共有出来た様な気がして嬉しかった。

 手探りで携帯に手を伸ばして時間を確認するとまだ20時を少し過ぎたところだった。

 陸仕事ちゃんと行ったよね…。

 耳を澄まして物音がしないのを確認する。

 夕方に仕事を休むと言って聞かない陸を怒って無理矢理仕事に行かせた後すぐに眠ってしまったらしい。

 まだ寝るがあるのか頭がフラフラした。

 ぼーっとする頭はすぐに眠りの中へと引き込まれていく。

「大丈夫、大丈夫…」

 まるで自分が薄い膜みたいな物に包まれたように体の周りが暖かく語りかけるその声もどこかすごく遠くから聞こえるような気がする。

 スゥッとヒンヤリした感触を頬に感じた。

 何度も「大丈夫、大丈夫」と囁く声が聞こえる。

 何だか懐かしい響き…そう言えば小さい頃風邪を引くといつもこうやって熱が下がるまで一緒に居てくれたんだっけ。

「お…母ちゃん」

「大丈夫、側にいるからね」

 ポンポンと安心させるように布団の上から叩かれると体も少し楽になりその声が遠くなっていく。

 風邪引いて親の事を思い出すなんて…何だか私もまだまだなのかなぁ。

 そんな事を考えているうちに完全に意識を手離した。

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