『いつかの夏へ』
5

「私って魅力ない? 女としての魅力ない!?」

 勢いよく手を付くとテーブルの上の食器が音を立てる。

 静かな店内に響いたその音に注目を浴びたにも関わらず、原因を作った張本人でもある真子は気にしていない様子でテーブルをバンバン叩いている。

「ま、真子……落ち着いてよ。気持ちは分かるけどここはレストランだからもう少し声落として」

 向かい側に座るのは幼なじみの夏。

 周りの冷たい視線に顔を赤くした夏は唇に人差し指を当ててエスカレートしそうな真子を何とか落ち着かせようとしている。

 けれどその声が耳に届いていないのか、真子はグラスを掴むと半分ほど入っていたワインを一気に流し込んだ。

「ちょ、ちょっと……真子」

 空になったガラスをドンとテーブルに置くとなみなみとワインを注ぐ。

「すいませーん、これ追加ー」

 歩いていた店員を呼び止めて空になったボトルを高々と掲げた。

 いつからこんな風になったんだろう……と夏は呆れながら真子を眺めた。

 それでも一切の感情を失くしてしまった時の真子を知っている夏は、目の前でお酒を飲んで顔を赤らめて声を出して悩みを打ち明ける真子にホッとしている。

「なによ……」

 口元が緩んでいる夏を見た真子が口を尖らせた。

 かなり酔いが回っているのか目を据わらせてジトーッと見据えている。

「結婚を控えた女がこんな風に飲むんじゃありません」

「飲みたい気分なの!」

 夏に窘められてもフンッと鼻息を荒くしてワインに口をつける。

(気持ちはよく分かるけど……)

 十年の月日を乗り越えて数ヶ月後に結婚する真子から呼び出された夏は聞かされた悩みに最初は冗談かと耳を疑った。

 けれど切羽詰った真子の表情を見ればそれが本当だと分かる。

「ホント……飲んで忘れられたら、いいのに……」

「真子……」

 ボソッと呟いた声に夏は自分のことのように胸が痛んだ。

 同じ年の友達が恋や遊びに夢中になっていた時期に真子がいつも一人で泣かない方法を探していたのを知っている。

 周りに気を使わせないようにっていつも笑っていたのを知っている。

 そしてあの時と同じ夏が来るたびに自分を責めて一人で泣いていたことを知っているのも自分だけ。

 心にも体にも傷を負って、好きな人と離されて、いつ戻ってくるか分からない人を待ち続けて……何度も新しい出会いを勧めてもそれを頑なに拒んだ真子。

 その真子がまた同じ人のことでこんなに心を痛めている。

 夏の怒りの矛先は十年経っても変わらず親友を泣かせる雅樹に向けられた。

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