『いつかの夏へ』
4

 片づけを済ませ寝る支度を済ませた真子は寝室のドアを開けた。

 壁に埋め込まれたフットライトの柔らかい光を頼りに十二畳ほどある部屋の中央に置かれたベッドに歩み寄る。

 一人で眠るには大きすぎるキングサイズのベッド。

 今夜も一人きりで入ることに気持ちは沈み、二人で選んだベッドカバーさえも恨めしく思う。

「忙しいのは分かるけど……」

 思わず声に出してしまった恥ずかしさを隠すために大きなベッドに突っ伏した。

 自分の浅ましさが嫌になる。

 モゾモゾと布団の中に潜り込み大きな枕に頭を預けて空っぽの隣をチラリと見てため息が出る。

(どうしてかな……)

 こんなことを考えているのは自分だけなのか、それとも雅樹も何か考えてくれているのか、確認出来ず歯痒さは募るばかりだった。

 十年の時を越えて再び出会えたのにキス以上のことはまだない。

 ずっと思い続けていた気持ちはお互いに一緒だったと手を繋ぎ抱きしめてキスをする。

 それだけだった。

 結婚式の日取りも決まり喜び溢れるこの時期に気持ちはすっきりとは晴れない。

 こんなことで疑心暗鬼になってしまう自分が嫌になり、昔のように素直に気持ちをぶつけられない理由が分からない。

 本当は雅樹は自分のことを愛してくれていないのかもしれない。

 そう思ってもそんなはずはないといつものように自分を励まして真子は体を丸めて目を閉じた。

 眠りかけたまどろみの中、ギシッとベッドの軋む音に真子は目を覚ました。

 ベッドに入ってからどのくらい時間が経ったか分からないが、仕事を終えた雅樹がようやくベッドの中へと入ってくる。

(今夜こそ……)

 目を閉じたまま願うような独り言を胸の中で呟くと、雅樹の手が真子の体に掛かっている布団に触れた。

 掠めるように腕に触れる雅樹の指にドキッとした。

 高校生だったあの頃は少し粗野で乱暴な雅樹の激しさに驚き戸惑い、熱っぽく見つめる視線や吐息を漏らしながら体中に落とすキスに翻弄された。

 それでも常に自分を気遣う雅樹の優しさに心も体も委ねられた。

 またそんな風に愛されたいと願っているのに、たった今触れた雅樹の手が布団を肩まで引き上げて離れていくことに真子は落胆した。

「おやすみ、真子」

 小さな声で囁かれる。

 顔を覆うように落ちた髪を払う気遣いも優しい指の動きも真子は知らない。

 些細なことが心の中に出来た小さなささくれを大きくしていく。

 十年の間に何人の女性に愛を囁いたんだろう、何度ベッドの中でその強い瞳で愛を語ったんだろう。

 今、額に触れているその指で何人の女性の肌に触れたんだろう……。

 それは仕方のないことと分かっていても心が割り切れない。

 ましてや再会してからしばらく経っても抱こうとしないからなおさらだった。

 雅樹の指が離れ衣擦れの音がしなくなり暫くすると小さな寝息が聞こえて来る。

 真子はゆっくりと隣に眠る雅樹を振り返り、近くにいるはずの雅樹がすごく遠くに感じた。

(こんな大きいベッドじゃなくても良かったんだよ……)

 二階建ての木造の古いアパート、体を寄せないと落ちてしまう狭いシングルベッドを懐かしみながら真子は再び目を閉じた。

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