『いつかの夏へ』
6

「今なら、間に合うんじゃない?」

「なにが?」

「雅樹くんとの結婚、止めたら?」

「な、つ……?」

「十年前はあんなにがっついてヤッてた男が、十年経って戻ってきて、結婚しようって、それなのにいつまでも手を出さないなんて……なに考えてるか分かんないじゃない!」

 夏の怒りは話しているうちに膨らみ、言い終わるとバンッとテーブルを叩いた。

(あの男……何でいつも真子にこんな顔させるのよ!)

 向かいに座る真子の表情がみるみるうちに曇っていくのを見てやり切れない気持ちになった。

「たぶん……雅樹はあのコトが原因で私としたくないんじゃ……」

「真子っ!!」

「だ、だって……そうじゃなきゃ……」

「結婚しようって言ってくれたんでしょ?」

 さっきまでの勢いはどこへ行ったのかすっかり意気消沈の真子。

(本当にあの男は……)

 自分が言ったところで真子の気持ちが変わることはないことも分かっていた。

 それでもいつまでも悩み続けている真子を見ていられない。

「もしかしたら責任を感じて。それで結婚してくれる……のかな?」

「真子! いい加減にしなよ!」

 自分の言ってることが矛盾しているのは分かっているし、あの男が昔も今も真子を泣かすような男だということを撤回するつもりはない。

 ただ……あの男が真子のことを幸せに出来るかどうかは別にして、本当に好きで大切に思っているということだけは信じられる。

 だからそれなりに理由があるとは思う、けどそれは二人で話し合って乗り越えなくちゃいけない。

 真子はきっとそんな現実から目をそむけている、夏はそう思えてならなかった。

「どうして……エッチしてくれないのぉ……バカァ」

 絞り出したような声はまるで心の中を映したみたいに悲しい響き。

(そうよ……どうしてエッチしないのよっ!)

 突っ伏してしまった真子を見ながら、どうしてあの男がエッチをしないのかその理由が気になって仕方がない。

 同性から見ても魅力がないわけじゃないと思う真子を抱かない理由……。

 もしかして……抱かないんじゃなくて抱けないんじゃ?

「もしかしたらさ……こう……なんか別の理由があるんじゃない?」

「別の……理由?」

「うん、ほら……本当はしたいんだけど……出来ないっていうの? ほら……体が……」

「体? 別に雅樹は健康……ってもしかして、え……体って……」

「もしかしたら、もしかしたらの話だよっ! 雅樹くんはまだ若いし、そんなこと……ねぇ?」

「う、うん……やっぱり私に魅力がないから?」

 ほんの一瞬だけ冷静になった真子がまた悲壮感を漂わせて、グラスに半分ほど入っていたワインを一気に飲み干した。

(あぁ……これじゃ堂々巡りだよ)

 新しいボトルからなみなみとワインを注ぐ真子を見て深い深いため息をついた。

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