『いつかの夏へ』
3

 濃いグレーのスーツ、見上げるほどの身長、引き締まった体、髪は短く黒い。

 私の前に立っている男の人を見て初めは知らない人だと思った。

 でもただ一つ変わっていない所があった。

 この瞳。

 10年たった今でも強い光を放ち私を真っ直ぐ見つめてくる。

「座ったら?」

 ぼんやりする私を促すように椅子の背に手を掛けた。

 私が座るとさっきまでてっちゃんが座っていた場所に腰を下ろしてこっちを見た。

 私は言葉が出てこなかった。

 言いたい事も聞きたい事もたくさんあったはずなのに何一つ思い出せない。

「真子、ただいま」

 長い長い沈黙を破ったのは雅樹だった。

 愛しい…忘れる事のなかった愛しい声が私の名前を呼んだ。

 私は涙腺が壊れてしまったみたいで涙が止まらなかった。

「泣くなよ。ったく…泣き虫だな」

 雅樹が手を伸ばして涙を拭う。

「だっ、だって…」

「戻って来るって約束しただろ?」

 雅樹はあの大きな手で私の頭を撫でた。

 懐かしい手の感触に私の心がゆっくりとほどかれていく。

「…待っててくれた?」

 雅樹の声が震えた。

 涙の向こうに見える雅樹は伏し目がちに私を見ている。

 私は声にならず何度も頷いた。

「…っ!ごめん…長いこと待たせてごめん」

(会いたかった。待ってた…ずっとずっと待ってた…) 

 一瞬声を詰まらせた雅樹の言葉に私は声を上げて泣いた。

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