『いつかの夏へ』
6

 シャワーを浴びると冷蔵庫から水を取り出してコンポのスイッチを入れた。

 スピーカーから流れてくる軽快なテンポの曲まるで今の気持ちとは反対だった。

 高く昇った太陽に時計を見るともう14時を過ぎている。

 ガラステーブルの上に散乱した空き缶の山にため息を溢しながら床に無造作に置かれた卒業アルバムが目に入った。

 昨夜、帰って来てから眠れなかった私は押入れの奥にしまった卒業アルバムを取り出した。

 もう開くこともないと思っていたアルバムの最後のページに挟んだ一枚の写真。

 少し色褪せた10年前の写真に心の奥にしまい込んだ未だに色褪せることのない記憶が蘇った。

 そして飲んでも飲んでも酔えずに泣き疲れて眠ったのは空も白みかけた明け方だった。

 窓際に立ちカーテンを開け窓を開けた。

 開けた窓から流れ込んで来る風はもう夏が近い事を告げている。

 私はソファに座り込むとアルコールの抜けない気だるい体を背もたれに預けた。

 窓から入ってきた風がテーブルの上の写真を運んで床に落とした。

 タバコに手を伸ばして火を点けると写真を拾い上げた。

 写真の中には仲間達に囲まれながら幼い私が無邪気に笑いその横に強い瞳を持ったあの人がいる。

「…雅樹」

 もう呼ぶこともないと思っていた名前を呟いた。

 唇から出た言葉と一緒に胸の奥にしまい込んでいた気持ちが一気に溢れ出る。

「…雅樹」

 もう一度呟いた。

 両方の瞳から涙が零れ落ちた。

(忘れた事なんて一度もなかったんだよ)

 思い出すと辛くなるから思い出さないように心の奥にしまいこんでいただけ。

 それが昨夜の偶然の再会で封印が解かれてしまった。

 もうすぐ10年目の夏が来る。

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