『いつかの夏へ』
5

 確かに周りの友人達は結婚していって同い年の独身はかなり数が減っていた。

 自分自身は結婚願望がないと言ったら嘘になる。

 でも二年前にほんの一瞬付き合った彼氏と別れてからはずっと一人で過ごしてきた。

 友人達には一人の方が気ままで楽しい今のこの生活に満足していると笑って話した。

(あと何年このままなのかな)

 一人で考え事をしていた私にてっちゃんが静かに声をかけた。

「まだ…アイツの事…」

 グラスを持っていた指がピクッと動いた。

「ア、アイツって…」

 喉の奥が乾いたように声が上擦った。

 心臓の音が耳鳴りのように大きくなってくる。

「雅樹のコト」

 −ドクンッ−

 心臓に強く締め付けられたような強い衝撃を感じた。

 グラスを持つ手はいつの間にか強く握り締めていて肩に力が入っている事に気付いた。

「な、何言ってるの。もう昔の事でしょ」

 答えた私の声は明らかに動揺を隠しきれていなかった。

 そう遠い昔の事、いつかこういう日が来た時には「すっかり忘れてた!」と笑い飛ばすつもりでいた。

 でも現実はこんな些細な事でも簡単に思い出せる。

 私のすべてがその名前を覚えている。

「…真子ちゃん」

 てっちゃんは飲みかけのビールを一気に飲み干すと私を見た。

 昔と変わらない真っ直ぐな瞳。

 それとよく似た瞳を持っている人を私は知っている。

「ど…したの?」

 次の言葉を聞いてはいけないような気がしたけれどそれでも聞かずにはいられなかった。

「雅樹…戻って来たよ」

 少し緊張した感じの声はからかっているとは思えなかった。

 口を開いても唇が震えて声にならない。

 それから私達は黙ったままで別れ際に携帯のメアドと番号を交換して別れた。

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