『いつかの夏へ』
2
−昨日の夜−
仕事帰りに食事もついでにと近所の飲み屋へ立ち寄った。
短大を卒業後、就職を機に実家を出て一人暮らしをするようになってから覚えたお酒。
缶ビールじゃ味気ないな…と思ったある日に偶然立ち寄った小さな居酒屋。
年配の夫婦二人で切り盛りする小さな居酒屋でそれはまるで第二の実家のように暖かい場所になった。
何年か前に実家の父を連れて来てからは家族ぐるみの付き合い。
親元を離れている私(といっても車で30分)を本当の娘のように可愛がり帰り際にはおかずを詰めたタッパを持たせてくれた。
昨夜も食事を済ませた後いつものように顔馴染みのお客さん達と談笑しながら飲んでいる時だった。
「…真子ちゃん?」
突然背後から声を掛けられた。
振り向いた私の前にはスーツに身を包んだ見知らぬ男性が立っていた。
「柏木…真子?」
フルネームで呼ばれて思わずこくんと頷いた。
「真子ちゃん、知り合いかい?」
「兄ちゃん初めて見る顔だねー」
見覚えのない顔に首を振る。
一緒に居たお客さん達が警戒心を強めながらその男性を眺めた。
「俺のこと覚えてない?徹哉!」
自分の事を指差して笑っている。
相手は自分の事をよく知っているのに私は分からない。
それでもその声はなぜか懐かしい感じがしてもう少しで何かを思い出せそうだなと頭を捻る。
「俺…高校ん時一緒に居た…てっちゃん!」
(てっちゃん…?)
頭の中で何度もその名前を繰り返す。
思い出せないわけじゃない。
思い出した記憶は10年前のものでこれが現実なのか受け止めるのに時間が掛かった。
「思い出した?」
ぼんやりとしていた私にてっちゃんが笑いかけた。
その笑顔が確かにあの頃の面影がある事に気付く。
(何ですぐに分からなかったんだろう)
「てっちゃん…久しぶり!」
「おぉ!まさかこんなとこで会うなんて思わなかったな。」
「本当にびっくり!どうしてここに?」
「ツレん家の近くなんだ」
そう言って後ろを振り返ると入り口付近に座っていた男性二人が軽く手を上げた。
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