『いつかの夏へ』
5

「うわぁ…すごいねー」

 バイクを間近で見たのは初めてだった。

 傷がたくさんあるけれど汚れは一つも見当たらない。

「格好いいだろ?乗れよ」

「え…でも制服…」

「これなら分かんねぇだろ?」

 雅樹は自分の着ていたジャージを脱いで私に着せた。

 ブカブカのジャージは制服姿の私をすっぽりと隠した。

 ヴォォン!!

 地響きのような音は雅樹がバイクのエンジンを掛けた音だった。

「乗れよ」

 雅樹は顎で後ろを指した。

 私は生まれて初めてバイクに乗った。

「お前はバカかっ!」

 頭をぺシッと叩かれた。

 なんで怒られたのか分からずに首を傾げる。

「ケッタじゃねぇんだぞ!」

 私は自転車の荷台のつもりで横座りをしていた。

「跨ぐの?」

「当たり前だろっ!」

「えーでも…」

(スカートだし中見えちゃう…)

 モジモジしているとエンジン音よりも大きな声が耳元で響いた。

「ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと乗れっ!」

「は、はいっ…」

 私は慌てて跨った。

 ジャージでスカートをカバーしたが足は丸見えで恥ずかしい。

「次はズボンで来いよ」

 ヴォン!ブォォッン!!

 下から振動が伝わってくる。

「手!絶対離すなっ」

 雅樹は私の手を掴むと自分の腰に掴まらせた。

 耳の一番奥を刺激するような大きな音がしたかと思うと風が頬を撫でた。

 飛ばされてしまいそうで雅樹の腰に腕を回した手は必死にTシャツを掴んでいた。

 カーブを曲がり車の間をすり抜けて暮れゆく街の中で風と戯れた。

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