『いつかの夏へ』
4

 風で髪を揺らして歩く後ろ姿を見ていたら思わず呼び止めていた。

「あ、あのっ!」

 瀬戸くんは立ち止まるとまたこっちへ戻って来た。

「なに?」

「ジュ、ジュースありがとう」

「別にいいって」

(どうしよう…話が続かない)

 すごく話をしたいのに焦って何も思い浮かばない。

 男の子と二人きりになった事がない私には上手に会話をする方法も知らなかった。

「あ…でも、私の好きなリンゴジュースだったから」

 言ってから激しく後悔した。

(私…何言ってるんだろう。だから何って笑われる)

「前も飲んでただろ?」

「え?」

「カラオケで」

 その時ようやくカラオケで一緒にジュースを飲んだ事を思い出した。

 それほどあの出来事はあの頃の私にとっては些細な出来事にすぎなかった。

「ぶたのキーホルダーの真子だろ?」

 私を指差して笑った。

 瀬戸くんはあの日の事をしっかり憶えていた。

 ぶたのキーホルダーを渡す為にぶたと言って呼び止めた事も考え事をして立っていただけの私にジュースを奢ってくれた事も。

 急速に鼓動が早くなる。

「じゃあな」

 小走りで離れていく瀬戸くんは立ち止まって振り返った。

「真子!今度はお前が奢れよ!」

 そう言って笑いながら私を指差した。

 返事が出来ずにただ笑って返すと瀬戸くんは身を翻しジャージに風を集めながら走っていった。



 きっとあの指先から矢が出ていたんだ。

 その矢はまっすぐに私の心を突き刺して抜けなくなった。

 恋に落ちた瞬間だった。

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