『いつかの夏へ』
5

 背筋がスーッと冷えていく。

 震える足を引きずりながら後ろに下がったがすぐに背中が壁に当たった。

(ど、どうしよう…)

 壁際に追い詰められて息を呑む。

「これ…ぶただろ?」

 チリンと音が鳴る。

 目の前に差し出されたのは小さなキーホルダー。

 少しとぼけた顔をしたぶたのキーホルダーでいつも私の鞄にぶら下がっている。

「あっ…」

 慌てて鞄を確認する。

 ぶたの姿はやはり見当たらずに顔を上げた。

「あ、あの…」

「何、ぶたじゃねぇの?」

 瀬戸くんはキーホルダーのぶたの顔をもう一度眺めている。

(いや…そこまで気にしなくても)

 でもその姿はなぜか微笑ましく思えた。

「ぶ、ぶた…ですね」

「おまえの?」

「は、はい…私のぶたです」

「ん…」

 瀬戸くんはキーホルダーを前に突き出した。

 私はそれを受け取ろうと手の平を広げるとキーホルダーはそっと手の平へと戻って来た。

 それが思いのほか優しい動きでドキッとする。

「あ、ありがとう…」

 小さな声でお礼を言った。

 瀬戸くんは返事もせずに階段を二、三段下りると足を止めた。

「おまえは…ぶたじゃねぇと思うよ」

 それだけ言うとペタンペタンと音を立てながら階段を下りて行った。

(あ…良かった)

 何が良かったのか自分でもよく分からなかったけどなぜだか嬉しかった。

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