『いつかの夏へ』
3

「あれっ?雅樹まだいたんか?早くいこーぜー」

 突然張り詰めた空気を和らげるような明るい声。

 聞き覚えのある声に慌てて顔を上げた。

 二人の顔を見比べるように見て私の顔見るとニカッと笑った。

「真子ちゃん?どーったの?」

 同じクラスの中尾徹哉の登場にホッと胸を撫で下ろした。

 黒髪にそこまで太くないズボンを履き学校指定の鞄を肩から提げている。

 クラスの女子が格好いいと噂しているのを聞いた事がある。

 確かに格好いいし親しみやすい性格でクラスのムードメーカーのような存在だった。

「な、中尾くん…」

 救世主の登場に拝みたくなった。

 どうやら顔見知りらしいので不注意でぶつかってしまった事を誠意を込めて説明すれば許してもらえるかもしれない。

「テツ、こいつ知ってんの?」

 こいつと顎で私を指している。

(そ、そこまで名前聞きたいですか…)

「同じクラスの真子ちゃん」

 躊躇することなく即答した。

 それにはさすがに驚いたけれどこの後の事を考えればそれぐらい平気よねと自分に言い聞かせる。

 今は一刻も早くこの状況を何とかすることが大事だった。

「あ、あの…中…」

「あーやべっ!早く行かねぇと満室になるから先行ってんぞ!」

 この状況を説明しようとすると徹哉は弾かれたように階段を駆け下り始めた。

 言い終わる頃にはもう姿が見えなくなっていた。

 そして再び二人きりになってしまった。

(嘘でしょぉ。どーしたらいいの?)

 救世主の正体は名前を教えていっただけのお節介な通行人だった。

「あ…」

 さっきまで突っ立っていた瀬戸くんが突然動いたと思ったら落ちているノートや消しゴムを拾い始めた。

 何も出来ずにボーッと見ていると全部拾い終わって鞄の中に放り込んでくれた。

「あ、ありがとう…ございます」

「別に」

 そう言うとペタンペタンと音を立てて階段を下りて行った。

(もしかしたらそんなに悪い人じゃないかも)

 確かに無愛想で怖い感じはするけれど嫌だとは思わない。

 この時漠然と私の心には優しい人なんじゃないかという思いが芽生えていた。

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