『いつかの夏へ』
2
とんでもない相手にぶつかってしまった。
瀬戸雅樹。
この学校でこの名前を知らない人はきっと居ないと思う。
入学早々三年生とケンカして謹慎になった、噂では暴走族の頭だか総長とかでヤクザとも繋がりがあるらしい。
その瀬戸雅樹がジッと私の事を見ている。
(ど、ど、どうしよう…殺されたりしないよね??)
「あ、あの…ごめんなさい」
慌てて立ち上がってすぐに謝罪の言葉を口にする。
けれど何も言わずに眉間に皺を寄せただけでまだこっちを見ている。
「…なに…あの子何やったの?」
「もしかして…瀬戸怒らせたんじゃねぇ?」
「シーッ…何されるか分からないよ」
(聞こえてますから。ものすっごい聞こえてますから)
二人を遠巻きに囲む野次馬達の声ははっきりと私の耳に届いていた。
その中にはピンチを救おうなどと命知らずの考えを持った人は誰一人居ないらしい。
二人を避けるようにして駆け足で階段を下りていく。
「お前…なんて名前?」
今まで黙っていた瀬戸くんがようやく口を開いた。
その声は見た目よりもずっと普通で少しハスキーな感じがする。
(どうして名前を聞かれるの??)
頭の中では(あるかどうか分からない)寂びれた校舎裏に呼び出される自分の姿が浮かんでいた。
「あ、あのぉ…す、すみませんでした…」
こういう時どうすればいいかなんて中学では教えてくれなかった。
小中とほぼ持ち上がりで周りは保育園の頃から知ってる子も少なくない環境だったせいかある意味純粋培養で育ってきた。
ある日やって来た不良っぽい転校生も1ヵ月後には丸くなるほどの純粋培養環境では不良なんてテレビやマンガの中での世界にしか存在しなかった。
とにかく謝るしかないと深々と頭を下げるしかなかった。
「名前、聞いてんだけど?」
さっきよりも不機嫌そうな声に聞こえて怖くて顔も上げられずに固まってしまった。
(私の高校生活は終わった…)
頭の中で悲しい鐘の音が鳴り響く。
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