『いつかの夏へ』
14

「真子?」

「いざとなったら……怖くなって……」

 ボソボソと聞き取りにくい声でどうにか答えた真子は頭を雅樹の胸に押し付けて完全に顔を伏せてしまった。

(いざとなったら……)

「やっぱり……アレか? そういうの……怖いってことか?」

 雅樹の言葉に真子もハッとした表情になり、二人の間に短いけれど気まずい沈黙が流れた。

 思わず口にしてしまって後悔した雅樹だったがすぐに真子が顔に笑みを浮かべるのを見て首を傾げた。

「確かにね……ちょっと怖い。でも、怖いのはアレだけじゃなくて……雅樹以外の人とそういうことになることが……だって私、雅樹しか知らないから」

 恥ずかしそうに告白する真子は顔をソッと胸に埋めた。

 その仕草に思わずウッと怯むほど可愛いと思った雅樹は抱きしめようと手を伸ばすと真子がさっきよりも小さな声で呟いた。

「それに……したくなかったら、あんなに悩まない、もん」

 雅樹は抱きしめかけていた手を止めて思わず天を仰いだ。

(……他に男が出来なかったことが奇跡だな)

 離れている間ずっと考えていたのは真子に新しい男がいるかどうかだった。

 顔がズバ抜けて可愛いわけでもスタイルがすごくいいわけでもない、それでも自分の目にはすごく可愛く見えるから他の男だって真子のことを可愛いと思ったって不思議じゃない。

「俺とは……したいってことでいいのか?」

 俯いている真子には口元を緩めている雅樹の顔は見えなかったが、声の調子でその表情が簡単に想像出来て思わずシャツを引っ張って抗議の態度を示した。

 シャツを引っ張られた雅樹はさらに口元を緩めながら真子の背中に手を置いた。

「あ……違うか。俺とだけしたいってことだよな?」

「いちいち確認しなくてもいいの!」

 怒ったような口ぶりの真子の手が雅樹の脇腹に食い込んだ。

 痛くもなかったが雅樹は「ウッ」と小さな呻き声を上げてから喉の奥で笑いながら肩を揺らす。

 真子が自分と同じような十年を過ごしていたような気がして、たったそれだけの些細なことなのにすごく嬉しくて幸せを噛みしめるように柔らかい髪に頬を寄せた。

「…………は?」

「ん?」

 俯いた真子の声はくぐもっていてハッキリと聞き取れず聞き直した雅樹は、勢いよく顔を上げた真子の頭が顎に直撃するのを寸でのところで交わした。

「雅樹は? ねぇ……」

 切羽詰った真子の様子に思わず苦笑いを浮べた。

(さすがに言いづらい、な……)

 見上げる真子の視線は逃がさないと言わんばかりで、雅樹は打ち明けようと思っていたものの明後日の方向を向いて口篭った。

「まーさーきっ!」

 高校生の頃の怒った時の真子の口調そのままに急かされて、チラッと真子に視線を向けるとジッと自分を見ていることに短くため息をついた。

「俺さ……真子としかしてねぇんだよ」

「へ?」

「意味、分かんだろ? だからさ……会えなかった十年の間にお前が他の男とヤリまくっていたら……」

「ヤリまくってるわけないっ!」

「冗談だっつーの!」

 腕の中で憤慨する真子を宥めている雅樹は鼻唄が飛び出しそうなほどご機嫌だった。

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