『いつかの夏へ』
13
(慌てるな……)
雅樹は黙り込んでしまった真子を見て自分に言い聞かせた。
その反応を見ていれば答えなど聞くまでもなかった、それでもきちんと真子の口から声を聞くまでは分からない。
もう一度真子の名前を呼ぼうとした時、ようやく真子が口を開いた。
「……うん。一人、付き合った人がいる」
思いつめた表情で打ち明けた真子。
そのことで責めるつもりはなかったけれど、やはり実際に聞くと胸の奥がざわつくのを感じる。
(仕方ないだろ、俺が十年も待たせたんだ……)
今は自分の感情よりも目の前で不安そうにしている真子の不安を取り除く方が大事だと気持ちを奮い起こした。
「そうだよな。いい、怒っているわけじゃない」
(そうだ、怒っているわけじゃない)
もう後には引けないところまで来ていた。
雅樹は話を続きをしようとしたが、今度は自分の方が打ち明けるために時間が必要だと思い知る。
あれほど考えて打ち明けようと思っていたのにいざとなると尻込みしてしまう自分が情けなくて思わずため息を漏らした。
「ま、雅樹……」
ため息をしてしまったせいか真子が泣き出しそうな顔をしている。
「悪い、俺……」
「エッチはしてないからっ!」
これ以上真子を泣かせるわけにはいかないと切り出した雅樹の声と、叫ぶような真子の声が重なった。
二人はハッして顔を見合わせていたが先に口を開いたのは雅樹だった。
「……してない?」
「うん。つ、付き合うのは付き合ったんだけど……エッチまでは出来なくて……」
恥ずかしそうに告白する真子のことなど視界に入らず、雅樹はその言葉に全身から力が抜け天を仰いだ。
(なんだよ……そうだったのか)
自分が今まで悩んでいたことがバカバカしくなって、雅樹は込み上げる笑いが抑えきれず声に出してしまった。
「ま、雅樹!? 何で笑うの? ひどいよっ!」
「悪い……お前を笑ったんじゃない」
急に笑った雅樹に腹を立てた真子は頬を膨らませて手を振り上げた。
笑いを止められないまま振り上げた真子の手を掴んだ雅樹はそのまま引き寄せると真子を腕の中に抱きしめた。
(何でもっと早くこうしなかったんだ)
「ま……さき?」
「なぁ……なんで出来なかったんだ?」
「そんなこと……いいじゃん」
「いいだろ? 聞かせてくれよ。そしたら……俺もお前を抱かなかった理由ちゃんと話すからさ」
抱きしめていた真子を体から離した雅樹はむくれた顔の真子を覗き込んだ。
きっと自分だけしか知らない真子。
怒りながらでも恥ずかしそうに耳からうなじまで真っ赤に染めた真子はあの頃と変わらなく可愛い。
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