『いつかの夏へ』
15

 まるで時間が巻き戻ったみたいだった。

(もう悩む必要ないよな)

「悪かった。他の男と比べられたらと思ったらさ……怖くて手が出せなかったんだよ。カッコつかねぇな、俺」

「そんなことないよ。なんか嬉しい……もん」

「嬉しいって何だよ」

「だって……雅樹に怖いものなんて何もないと思ってたから」

「ふざけんな。誰のせいだよ……」

「誰って……?」

「お前だろうが! 昔から真子のことになると……ホント調子狂うっつーの」

 雅樹は真子の肩に額を乗せてため息をついた。

(お前のことになると俺は全然ダメだな……)

 何も怖いもののなかった自分が真子のことになると些細なことが怖くて我を忘れてしまう。

 決して口にはしないがまるで真子を中心に世界が回っているといっても過言ではない。

「私……のせい?」

「そう、お前のせい」

「……ごめん」

 シュンと小さくなってしまった真子の肩を抱くと、雅樹は顎に手を添えて上を向かせた。

 拗ねたようなでも少し落ち込んだような顔の真子は唇を尖らせてプイッと横を向こうとしたが雅樹の手に阻まれてしまった。

「なに、その顔」

「だって……私がいけないんでしょ?」

「十年経っても、相変わらずバカで可愛いのな、お前」

「バ、バカって! ……なによ」

 怒っていいのか喜んでいいのか分からない真子の表情がクルクルと変わる。

(本当に可愛くて……)

 雅樹はゆっくりと顔を近づけた。

「責任、とれよ?」

「責任って……」

「お前が俺を夢中にさせてんだろ? 一緒に暮らすようになってからどれだけ我慢してたと思う?」

 真子はギラギラと光る瞳に映る自分を見つめた。

 忘れていた高揚感が体の奥に芽生えたのを感じ、恥ずかしかったけれど雅樹から視線を逸らそうとはしなかった。

 今にも触れてしまいそうな雅樹の唇が動く、熱い吐息が唇に掛かるたびに真子もまた吐息を漏らした。

「俺以外にこんな可愛い顔見せるんじゃねぇぞ、その男がかわいそうだ」

「かわいそう?」

「あぁ……どんなに惹かれても真子は俺以外の男に惚れないからな」

「……すごい自信」

「違うのか?」

「ち……がわない」

 二人はクスッと笑いながら触れ合うだけのキスをした。

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