『いつかの夏へ』
12

 食事は今まで以上に楽しい時間だった。

 雅樹の得意料理やアメリカでの食事の話を聞き、驚いたり感心したりする真子はまるで昔に戻ったような気持ちの高揚感を感じた。

 食事を終えてテレビを見ていた二人だったが、それは突然やってきた。

「真子、話があるんだ」

 神妙な顔つきと緊張した声の雅樹はテレビを消すと、真子と向き合うように体を向けた。

 さっきまでの楽しい時間が嘘のように二人の間に緊張が走る。

 真子は何となく話の内容に予想がついた。

 目の前に座る雅樹が言い出しにくそうに落ち着きなく手を動かしている姿がどうしても目に入ってしまう。

「昨日……夏ちゃんから聞いた」

 雅樹からそう切り出されて真子はすべてを理解した。

 真子が息を吐きながら目を伏せるのを見て、雅樹もまた真子が話の意図を理解したことが分かった。

 雅樹は真子が視線を合わせるのを待ってから本題を切り出した。

「悩ませて悪かった。だけどこれだけは言っておく。あの日のことは気にしていない、いや……忘れることは出来ないけど、それが原因で真子に触れたくないとは思わない。それに責任を取るために結婚するなんて絶対に思うな、俺は真子と結婚したいんだ」

(良かった……)

 迷いのない声に真子はずっと悩んでいたことがスッと心の中から消えていくのを感じた。

 決して嘘のないその声と真っ直ぐ見つめられた視線。

 どんなに姿かたちが変わろうと雅樹という人を形作る根底にあるものは変わっていない。

(でも……それなら何故?)

 エッチをしない理由がそこにないとしたら、何が原因なのか思い当たらない。

 ただ昨夜の夏の話を思い出して原因が自分の力の及ばないところにあるのなら、どうしようもないと真子は話を切り出される前に気持ちの準備をした。

「俺だって真子を……抱きたいと思っている」

(やっぱり……体になにか??)

 女として魅力がないわけじゃなかったことに安堵しながら、いよいよ原因はそれしか思い当たらず覚悟を決めた。

 だがその後に雅樹の口から出て来た言葉は以外なものだった。

「真子は……十年の間に他の男と付き合ったか?」

「え……?」

 話は思ってもみなかった方へと流れ始めた。

 聞かれた真子がすぐに答えられないでいるのを見て雅樹はさらに慎重に言葉を続けた。

「ずっと一人だった……わけじゃないよな?」

 雅樹の声がかすかに震えていることに気付いた真子にもその戸惑いは伝染した。

(どうしよう……)

 答えなくちゃいけないのは分かっていても口が動かない、嘘はついてはいけないと思っていても心が躊躇してしまう。

 だがその間も雅樹の瞳は探るように真子の顔を見つめていた。

「真子?」

 答えを促すその声からは強迫するような雰囲気は感じられない、それでも真子はまるで崖っぷちに追い込まれたような気分だった。

 どうして結婚を決める前に話をしなかったんだろう。

 もしかしたら寂しさに負けて一時でも他の男の人と付き合った私を不純だと嫌いになってしまうかもしれない。

 ようやくずっと抱えていた不安がなくなったばかりなのに、もう新しい不安が心の中を支配し始めていた。

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