『いつかの夏へ』
11

(ハァ……最悪だよ)

 頭の上から熱めのシャワーを長時間浴びていたものの、落ち込んだ気分はどうすることも出来なかった。

 湯気の篭った浴室から出ると空腹を促す香ばしい香りがした。

「雅樹?」

 髪を拭きながらキッチンに顔を出せば、雅樹はちょうど出来上がったばかりのパスタを盛り付けている最中だった。

 慣れた手つきでトングを操る雅樹に真子は目を見開いたまま口をポカンと開けた。

「どうだ? 少しはスッキリしたか?」

 手を止めない雅樹に聞かれ戸惑いながら「うん」と頷いた真子は、まだ信じられないといった表情で目の前の雅樹を見つめている。

 細い腰には黒いギャルソンエプロンを付け、パスタだけでなくサラダも用意していた。

 その姿はとてもお茶をコップに注ぐのも面倒くさがっていたあの頃と同一人物には思えなかった。

「真子、運べよ」

 出来上がったばかりのパスタを二皿手渡されると、立ち上った湯気と一緒にニンニクのいい香りが鼻先をくすぐった。

 言われるままにテーブルに運ぶとその後すぐ雅樹は手際よくテーブルセッティングをした。

「雅樹……料理出来たの?」

「あ? あぁ……一人暮らしが長ければこれくらい出来るようになるだろ」

 何でもないことのように言っているが、真子は一口食べたそのパスタの美味しさに唖然とした。

 いつもはレトルトのソースで済ませてしまう自分が恥ずかしくなるほど、シンプルだけど美味しいそのパスタの味に真子は密かに料理教室へ通おうと決意する。

「あのさ……昨日なんだけど……」

 パスタを口に運びながら恐る恐る昨日の事を口にした。

 そう簡単に人間変われるわけがないだろうし、きっと着替えさせてくれたのは雅樹だったのだろうとシャワーを浴びながら考えていた。

「覚えてないか?」

「う、うん……」

「まったく?」

「店で飲んでたとこまでは……それからは、まったく」

 念を押されれば押されるほど自己嫌悪で隠れたくなった。

 だが雅樹は真子の反応を楽しんでいるのか、パスタを食べる手を止めてジッと真子の顔を覗きこんでいる。

「後で夏ちゃんにお礼言っとけよ。蹴っ飛ばしても起きないお前を送ってきてくれたんだからな」

 蹴っ飛ばしても起きないと言われ、真子は慌てたように自分の体を触ってどこにも痛みを感じないことを確認する。

「お前はバカか、ホントに蹴るわけねぇだろ。だいたい……着替たのだって覚えてねぇんだろ?」

「う、うん……」

「……ったく、そんなになるまで外で飲むなよ」

「ごめんなさい」

(ホントにバカだ……私)

 真子はフォークを置いてガックリと項垂れてしまった。

 情けなくて泣きそうになっていると雅樹の大きな手で頭をポンポンと優しく叩かれ、真子は泣き出しそうな顔を上げると楽しそうに笑う雅樹と目が合った。

「でも新しい真子が発見出来て楽しい」

 その言葉を聞いていくらかホッとした。

(本当はそんな自分を発見されたくないんだけど……)

 どうせならもっと成長した自分を見て欲しいと思ったけれど、それはいくら背伸びをしてみても望めそうになかった。

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