『いつかの夏へ』
10
「あぁーー……」
かなり長い時間、まどろみの中を彷徨っていた真子はゆっくりと目を開けると額に手を乗せた。
そして肺の中の空気をすべて吐き出しながら掠れた声を出した。
口の中と喉の不快感に眉を顰める。
(飲みすぎた……)
久しぶりに感じる倦怠感に真子は懐かしさを覚えながら、昨夜のことを思い返していた。
親友の夏に相談をしようと久々に二人で出掛けたのはイタリア料理とワインバーのお店で、生ハム食べてワインを飲んでチーズ食べてワインを飲んで、リゾット食べてワインを飲んで……。
(それからどうしたっけ……)
記憶は店の中でワインを飲んでいるところでぷっつり途切れている。
だが真子は布団を捲り自分の姿を確認するとニンマリと笑いながら起き上がった。
今までは何とか家に辿り着いても玄関先で眠っていたり、ベッドまで辿り着いても服を着たままどころか靴を履いたままのこともあった。
それがどうだろう、ベッドに入っているどころかきっちりとパジャマを着込んでいる。
込み上げてくる笑いを抑えながら胸の前で小さくガッツポーズを作ってから、バンザーイと両手を上げた。
「すごいっ! 全然覚えてないけど……やればできるじゃんっ!」
倦怠感など忘れ真子は踊り出したい気分で、両手を胸の前でリズミカルに振り始めた。
(私も……大人になったのね)
ウンウンと頷いていると押し殺したような笑い声が真子の耳に飛び込んできた。
「誰がすごいって?」
皮肉の篭ったその声の意図に気付かず、真子は顔を上げると入り口にもたれるように立っている雅樹を見た。
ブイネックのカットソーにゆったりとしたパンツ姿の雅樹は腕を組み、口元に笑みを浮かべながらベッドの上でキョロキョロと落ち着きなく視線を泳がせる真子を見ている。
(あぁ……そうだった)
忘れていたわけではないけれど、雅樹の姿を見て自分はもう一人暮らしじゃなかったことに頭を抱えたくなった。
「あ……お、おはよう」
とりあえず挨拶をしてみたものの雅樹は呆れた顔をしながら部屋の中へと入って来た。
何も言わずにベッドに腰掛けると、ベッドヘッドに置いてある時計を真子の顔の前に突き出した。
「おはようというよりむしろ……こんばんは、だな」
皮肉めいた口調を聞きながら差し出された時計の針を見れば六時十五分を少し過ぎている。
(ま、まさか……夕方??)
そんなはずがあるわけがないと慌てて窓の外を見れば、西の空に太陽が傾き空をオレンジ色に染めている。
「ウソ……」
「残念ながら」
冷たく言いながら時計を元に戻す雅樹を見て、真子はガックリと項垂れて大きく息を吐いた。
「ご、めんね……」
せっかくの週末を台無しにしてしまった。
幸い何の予定も入ってなかったから良かったが、忙しい雅樹とゆっくり過ごせるはずの週末をよもや寝て過ごしてしまうとは真子は情けないと目を伏せた。
「嫌だ」
「……え?」
「嘘だ、バーカ。結婚式の準備とかで疲れていたのもあるだろ。シャワー浴びて来い、少し早いけど飯にしよう」
不安に瞳を揺らしていた真子の額を突付いてから、声色を和らげて真子を安心させると部屋を出て行った。
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