『君の隣』
 季節『ある夏の一日'09』 P9 side祐二


 バシャバシャと大きな飛沫を上げて波を蹴りながら進むと潮の匂い包まれた。

 久し振りの海風と濃い海水の匂い、足元を流れる砂の感触に、ようやく海へ来たんだと実感が沸く。

「どこまで泳げるか競争だ!」

 隣りには誰にもいないのに自分を鼓舞するように大声を出して、それから空しくなってちょっと落ち込んでしまう。

 腰の辺りまで浸かったところで、海水の冷たさのせいか急に頭の中も気持ちも冷えていくような気がする。

「ヤメッ! ヤメヤメッ! せっかく海来てんのに、ウジウジ考えてるなんて、俺らしくねぇっ!」

 暗くなっていく気持ちを振り切るように頭を勢いよく左右に振り、キラキラと輝く水面に向かって泳ぎだそうと海底を思いっきり蹴った。

(…………!)

 海底から足が離れる瞬間、ほんの少しの違和感を感じた。

「アレ……なんか、痛ぇ……」

 泳ぎだそうとしていた体を無理矢理その場に止めて、フワフワと波に揺れる体を片足で支えながら違和感の感じる右足を持ち上げた。

 ゆらゆらと揺れる海水の中に、普通なら見ることのない色が交じる。

(え……な、に……?)

 その正体を確かめるのが怖いと思いつつ、ゆっくりと足を引き上げるとありえない色が鮮明になった。

「血……?」

 海面ぎりぎりまで引き上げた足の裏からドクドクと赤い血が流れている。

(どうして、え……なんで?)

 自分の周りに赤い血の流れが出来ていく、どうしてこんなことになったのかさっきの違和感の正体は何だったのか、潜って濁る海の中で手探りで探した。

(アッ……イッ……)

 指先に鋭い痛みと硬い感触、正体はこれだと海底から引っ張り出したのは割れたガラス瓶。

「こんなもん、捨てんじゃねぇっつーの!」

 とんでもないことをする奴がいるもんだと呆れ、他に破片がないか探ってみたけれどとりあえずはなさそうだった。

 少しだけイイ事をしたようで、晴々とした気持ちになったが、そんな気持ちなどお構いなしに指先と足の裏からは血がどんどん流れている。

「と、とりあえず……上がって、血……止めないと……」

 自分に言い聞かせるように出した声が震えている。

 おまけに体がどんどん冷たくなっていくような気がする。

(ど、どうしよう……俺、もしかして死ぬんかな……)

 頭の中に浮かんだのは『男子高生、海で出血多量で死亡』と書かれた新聞の見出し、溺れたわけでもなくガラス瓶で足を切って出血多量で死ぬなんてカッコ悪過ぎる……。

 こんな所で死んでたまるかと体を動かそうにも、片足だけでは海の中で自由に動くことも出来なかった。

「やべ……、マジで……やべぇよ」

 そう言ってる間にも血は止まりそうにもなく、怖くなった俺の身体はガタガタと震え始めた。

(どうしよう、どうしよう……)

 震える身体で辺りを見渡しても周りに人影は見当たらない、遠くではしゃぐ人達の姿や声を聞くと急に自分は違う世界に取り残されたような恐怖感に襲われた。

「だ……れか……っ」

 怖くて喉の奥が引き攣った、こんな声じゃ誰にも届かないともっと大きな声を出そうとするのに口からは息しか出て来ない。

 このまま誰にも気付かれずに、ずっとこのままだったら、自分はどうなってしまうんだろう。

 考えはどんどん悪い方へと傾いていく、最悪な光景ばかりを想像しようとする俺の頭の中に昔見た洋画のシーンが浮かんだ。

 楽しそうな海水浴場、水着姿の若い男女や家族連れが遊んでいる中、突如現れた海の怪物、そしてあっという間に血の色に染まった海面。

(血……、血の匂い……)

 獰猛な怪物が血の匂いに釣られて襲ってくることを思い出した、頭の中が真っ白になりかけたがこの血を止めないと自分も映画の中の人みたいに食べられてしまうことに気が付いた。

 何とか血を止めようと手で押さえ付けようとして、また違う指がガラスの切っ先に引っ掛かり新たな傷が出来た。

 真新しい鮮血が指先から伝って海面に落ちる。

「助け……貴、俊……ッ、貴俊……」

 怖くなった俺は何度も何度も貴俊の名前を口にした。

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