『君の隣』
 季節『ある夏の一日'09』 P10 side祐二


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 俺は男なのに、俺だって男なのに……。

 身体が激しく上下に揺れるけれど、相変わらず指先から血は流れているけれど、不思議とさっきまでのような怖さは感じない。

 すぐ側にある貴俊の顔を見上げると体の奥がキュッと音を立てた。

 いつになく真剣な表情、怖いほど真剣な眼差しは真っ直ぐ前を見つめ、海の中とは思えないほど力強い足取りなのに俺を抱き上げている手は凄く優しい。

(俺……女だったら良かった、かも……)

 貴俊に抱きかかえられる俺は、そんなことを思いながらさっきのことを思い返した。


 女だったらきっとこう言うに違いない。

 ――王子様が来てくれた。

 一歩も動けない俺の視界の中に飛び込んで来たのは、真っ直ぐこっちに向かってくる貴俊の姿。

(どうして……)

 もしかしたら俺が怒ってると思って慌てて追いかけて来たのかと思った。

 ライフセーバー顔負けの泳ぎであっという間に俺の前に現れた貴俊は、頭から海水がボタボタ垂れるのも拭わずに俺の顔と手を慌しく見た。

「祐二!! 何があったの!?」

 どうして貴俊は俺がここにいるって分かったんだろう。

 実は俺ってテレパシーみたいなのが使えるのかな?

 そんなくだらないことを考えていると、貴俊は焦れた声でもう一度俺の名前を呼んだ。

「あ……なんか、ガラス落ちてて、指……と足、切れた……」

 すごい剣幕に気圧されたせいか、逆に俺は冷静になって説明が出来た。

 歩けなくて困ってたんだ、と笑って言おうとして口を開くと自分の身体がフワッと持ち上がった。

「なっ!? お、下ろせって!」

 何も言わず俺を抱き上げた貴俊はすごい勢いで海の中を歩き始めた。

(こんな所で姫抱っこなんかされてたまるか!)

 男のプライドにかけてもこんな屈辱を黙って許しておけない、一人で歩けないのは分かっているけれどせめておんぶにしてもらいたいと手足をバタつかせた。

「祐二ッ!!!!!」

 辺りまで静まり返るような貴俊の声。

 今まで一度だって聞いたことのない、張りつめて震えている貴俊の声だった。

「後でいくらでも怒られるから、気が済むまで殴っていいから、お願いだから……今は大人しくしてて」

 貴俊は立ち止まると額が当たりそうなほど顔を近付け思い詰めた声を出した。

 こんな貴俊なんて見たことがない、俺が怪我したのにどうしてコイツがこんなに痛そうな顔をしているのかも分らなかった。

 でもそれ以上は何も言えなくて、恥ずかしかったけれど大人しくするしか出来なかった。


(俺が女だったら……きっと絵になるんだ)

 砂浜が近付くほど俺の恥ずかしい姿は人目に晒される。

 男の俺が……貴俊と同い年の男なのに……情けなくて涙が込みあげてくる。

 これ以上みっともないところなんか見せられない、涙が出てしまわないように目をギュッと閉じても目頭の熱は引いてくれない。

(クソッ……泣くな、泣くな、泣くな、泣くなッ!!)

「もう少しだから、ごめんね」

 囁いた貴俊の声は腹が立つほど優しく聞こえて、堪え切れなくなった涙がとうとう頬を伝ってしまう。

 温かい涙が次から次へと頬を濡らし始めると、俺を抱えている貴俊の手に力が入り俺はさらに強く抱き寄せられた。

 胸の音が聞こえそうなほど近付いた貴俊の胸板、すぐにその意図を理解する。

 俺は下ろされるその時まで貴俊の胸元に顔を伏せたまま動くことが出来なかった。

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