『君の隣』
 季節『ある夏の一日'09』 P8 side祐二


(なんか胸が痛い、何だ……これ、苦しい……)

 締め付けるような苦しさなのに、胸の奥がドクドクして、さらに鼻の奥がツンとする。

「祐二?」

「貴俊、俺……」

 助けを求めるのは悔しいけれど、こんなのは貴俊にしか治せないような気がする。

 貴俊に縋り付きたいのは何とか我慢した、それでも一人で立っているのが不安で手を伸ばしたその時だった。

 まるで地響きかと思うような足音と、得体の知れない気配に振り向くと、水着姿の女子の集団がこっちに目がけて突進してくる。

「な、なんだぁ!?」

 まるでアイドルでも見つけたかのように、すごい勢いで突進して来る女子の群れ。

 あまりの光景に目を丸くしていた俺はあっという間にその女子の集団に囲まれ、もみくちゃにされなりながら貴俊が俺の名前を呼ぶ声を遠くで聞いた。

(何、俺……いきなりモテモテ?)

 何だかいい匂いに包まれて、柔らかい体に四方を囲まれて、まさかの事態に戸惑っていたのはほんの一瞬。

 俺はあっという間に集団の外に弾き出されてしまった。

「何なんだよ、一体! なぁ、貴俊?」

 同意を求めようと貴俊の顔を見上げるために振り返ったけれど貴俊の姿はどこにもいない。

(まさかあの集団にもみくちゃにされて地面に転がってるとか!?)

 慌てて女子の足元に視線を走らそうとした俺の瞳の端に貴俊の姿を捉えた。

「た……かとし?」

 貴俊がいたのは女子の集団の中央、そう女子が目指していたのは紛れもなく貴俊だった。

「ねぇねぇ、名前……何ていうの?」

「高校生?」

「もしかして、モデルとかやってる? アイドルだったりするんじゃない?」

 なんか訳の分からない質問責めに、貴俊の顔が苦笑いになった。

(何やってんだよ……)

「祐二! 大丈夫?」

 女子に囲まれながら心配そうに俺の方を見る。

(心配すんだったら、さっさと抜け出して来いよっ)

 貴俊の姿が遠い、いくつも女子の頭の向こう、いくら心配そうに声を掛けられたって全部ウソっぽく聞こえる。

「すみません。ちょっと通して貰えますか?」

「ねぇねぇ、彼女いるの?」

「良かったら私達と遊ばない?」

「すみません。ちょっと……あの……」

 困惑している貴俊の声が聞こえてくる、助けを求めるような貴俊の視線にも気付いた。

 でも体が動かない。

 さっき俺が頭をグリグリされてた時みたいにハッキリした態度を取らない貴俊にむかついた。

 アイツは優しいから女子相手じゃ男にするみたいに出来ないのは分かる、でも今の俺には貴俊がワザと女の子に囲まれているような気がしてならない。

(結局、お前だって女の子がいいんじゃん。俺にあんなエロいことばっかするくせに!!)

 いつの間にかさっきの苦しさも鼻の奥のツンも消えていた。

 代わりに芽生えたのは真っ黒くて醜い塊、ブクブクと膨れ上がってどんどん俺の心を汚していく。

「ゆ、祐二?」

(お前なんか知らねぇっ!)

 俺の名前を呼ぶ貴俊の声が聞こえても振り向かなかった。

 こんなことならビーチバレーなんてやらなきゃ良かった、海にだって来なければ良かった。

 いっつも部屋でゲームばっかだったしたまには夏っぽく出掛けようと思っただけ、男二人で海なんて絶対怪しまれるから他の奴も誘ったけど、貴俊なら喜んでくれると思ったんだ。

 それなのに、それなのに……アイツは……。

 せっかく海に来たんだしこうなったら一人で楽しんでやろう、追いかけて来たって無視してやるんだ、ちょっと顔が良くてスポーツが出来るからチヤホヤされるような奴なんか放っておけばいいんだ。

 心の中で悪態を吐いてるくせに俺は後ろの喧騒の中に追いかける足音が聞こえないか、知らず知らずのうちに足を遅らせて必死に耳を澄ましていた。

 なのに……いくら待っても何も聞こえてこない。

(勝手にしろっ!)

 未だ女子に囲まれているはずの貴俊を心の目で睨み付けて、もうなりふり構わず海へ向かった。

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