『君の隣』 季節『ある夏の一日'09』 P5 side貴俊
「祐二……大丈夫? ちっとも戻って来ないから心配したんだよ」
こめかみをさすっている祐二の顔を覗き込んだ。
どうやら手加減なしでされたらしく、本気で痛がっている祐二の瞳の端には涙が浮かんでいる。
「テテテ……。ボール取りに来たら雅兄がいたから喋ってたら頭グリグリされたー」
(涙目の祐二も、可愛いすぎる……)
濡れた瞳を見るとつい別のことを思い出してしまい、このまま抱きしめてキスをしてしまいたくなるのをグッと堪える。
でもこのくらいは許されるだろうと、祐二と視線を合わせて痛そうにしているこめかみの辺りを撫でてあげる。
いつもの祐二ならこんな人目のある場所では触れられるのも嫌がるのに、そんな余裕もないのか俺にされるがままになって大人しくしている。
「頭、ガンガン、するー」
少しでも痛みが取れるようにと優しく撫でていると、祐二はクスンと鼻を鳴らして顎が少し上がった。
(それはちょっと反則……)
目を閉じてまるでキスを待っているような体勢。
額には汗で貼り付いた髪、激しく動いていたせいか上気した頬、まつ毛の先に湛えた小さな雫、裸の上半身が汗で濡れているのがあの時の祐二の姿とダブる。
身体の奥が熱くなる、理性を総動員しなければこの昂った身体は鎮められそうにない。
こんな可愛い祐二を見られたのは嬉しいけれど、この状況は精神的にも肉体的にもかなり辛い。
だいたいこんなことになったのは……再びさっきの男に対する怒りと側にいるのに阻止出来なかった雅則への怒りが込みあげる。
急速に膨れ上がる情欲を怒りに転換して、かなり自分に都合が良過ぎるとは思ったが二人を睨み付けた。
「貴俊ー、これにはちょっと理由があってな? なんていうか祐も自業自得というか……」
雅則は苦笑いを浮かべて弁解を口にする。
三歳上の兄はズル賢いくせに無駄に頭がいいから、いつだって理由をつけてのらりくらりとかわすのが上手い。
俺も要領は良かったからすべてを被るようなヘマはしなかったけれど、それでも雅則のズル賢さには子供ながらに呆れたことは数知れない。
(また、都合良く言い負かそうと?)
そんなことされてたまるかと睨み返した。
「だからって暴力を振るっていい理由に?」
「落ち着けよ。確かにそれが暴力を振るう理由にはならないが、祐二も決して褒められるような言動はしていない」
雅則の表情からふざけた色が消えた。
どこからどこまでも冗談を口にする男だけに、たまにしか見せないこういう表情をされると困る。
雅則の言っていることが事実なのはそれ以上聞かなくても分かった。
雅則がそう言うのなら祐二があんなことをされるだけのことをしたのだと思う、それでも自分が側にいたら守ってあげられたかもしれない、もっと早く駆けつけていたら祐二はここまで痛がる必要はなかったかもしれない。
(俺も祐二も男だけど、いつだってカッコイイ男でいたい)
カッコ良く助けに来るヒーローなんかを祐二が喜ぶはずないと分かっていても、どんな時だって祐二に何かあったら側にかけつけてあげたい。
「何も本気でやったわけじゃない。お前もこれくらいで血相を変えるな、分かったな」
雅則が周りには聞こえないようにの配慮なのか声を潜めて俺達二人だけに向けて言った。
(そんなこと……)
まるで俺一人がその場の空気を読めていないように聞こえる。
たとえ冗談だって俺は自分以外の人間が祐二に必要以上に触れることは我慢出来ない。
今そんなことを口に出すべきじゃないと分かっていても、込みあげてくる歯痒さと悔しさはどうすることも出来ず拳を握り締めて耐えた。
「貴俊……俺が……その……」
祐二がすまなそうな顔で俺を見上げた。
もしかしたら俺のギスギスした心が祐二に伝わってしまったかもしれない、安心させるためにもう大丈夫だよと笑ってあげたいのに顔の筋肉は石のように硬い。
(ごめん、祐二……そんな顔をさせたいわけじゃないのに)
どこまでもカッコつかない自分に嫌気を感じて落ち込みそうになっていると、不意に肩を押されいつもの明るい雅則の声で俺達は送り出された。
何か一言でも返して一矢報いたかったけれど、祐二を呼ぶ佐藤の大きな声にそれも出来なかった。
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