『君の隣』 季節『ある夏の一日'09』 P6 side祐二
(まるで夢でも見てるみてぇだ……)
目の前で起きている出来事があまりにも嘘みたいで、もしかしたら本当に夢でも見ているのかもしれないと、確認するために足を抓ろうと手を伸ばした。
「祐二っ!」
覇気のある声で名前を呼ばれハッとして顔を上げると、貴俊の受け止めたレシーブがきれいに弧を描く、計算されたみたいに俺の頭上に向かってくるボール、大して動かずにそれをトスで返した。
ネットから一メートル離れたところで、スラッとした長身が重さなど感じさせない身軽な動作で飛び上がった。
絵になる、というのはこういうことだと思った。
飛び上がった身体がまるで竹のようにしなり、そのバネの力を利用しているのか強烈なスパイクが相手コートに打ち込まれた。
「キャァァァァッ!!」
三メートル近い位置から叩き込まれたボールが、相手のガードをすり抜けて砂浜にめり込むと周りから耳が痛くなるほどの歓声が上った。
(なんだよ……、ちぇっ)
さっきまでは相手チームを応援していた声は、貴俊がスパイクを決めるたびに黄色い声を上げる。
周りからキャアキャア騒がれても顔色一つ変えない、でもスパイクを決めた後には決まってと言っていいほどこう言うんだ……。
「祐二、ナイストス!」
自分がスパイクを決めたくせにすごく嬉しそうな顔をして俺の頭を撫でる。
(俺なんて、何もしてねぇのに……)
トスを上げるのが上手いわけじゃない、まるでトスの練習のために上げられたボール、そんなの俺じゃなくたって完璧なトスを上げることが出来る。
さっきまで太一と組んでやっていたのは何だったのか……。
(ホントに……勝てるかもしんねぇ)
もう勝てないかもしれないと思っていたのに急に望みが出て来た、さっきまでは途中で試合を放り出した太一に腹を立てていたがそれも許してしまえる。
飛ばされたボールを追いかけた俺は偶然同じ学校の郡山を見掛け、戻って太一にその話をすると「岡山もきっといるっ!」と言い出して試合を放り出してしまった。
男の友情よりも女かよ……と腹を立てた俺に、相手チームの男が「逃げるなら今のうちかもなぁ、ぼくぅ?」と追い打ちを掛けて来たものだから、俺はつい……。
「お前なんかに負けねぇっ! 今まではちょっと手加減してやっただけだ!」
なんてとんでもないことを口走ってしまった。
結果的にそれが相手を挑発することになってしまって、太一も居なくなって一人になった俺が途方に暮れていたら……。
「俺が、代わりに出ようか?」
それまでずっと見ているだけの貴俊がそう言ってくれた。
内心はホッとしたけれど素直に貴俊の言葉を受け入れることが出来ず、「お前の力なんか借りねぇ!」と息巻いてみたけれど結局は貴俊に出て貰わないとどうしようもない状況。
ものすごく不本意だったけれど、貴俊と組んで試合をすることになった。
「今さら誰が出てこようが、俺達の勝ちは決まったようなものだけどなぁ?」
さっきから何度も挑発してくる蜂蜜色の髪の男は、自信たっぷりに言い放ち周りを囲む観客に投げキスを飛ばす。
(負けたくねぇ……)
けれど実際に点差は倍以上も開き、結果は目に見えていた。
どうせ負けるならとっとと終わらせて海で遊んでしまおうか、と諦めていた俺に貴俊はいつもと変わらない笑顔を見せたまま囁いてきた。
「この試合、勝ったらご褒美くれる?」
「は? 何、言ってんだ」
「祐二がご褒美くれるなら、この試合は祐二のために勝ってみせるよ」
何の迷いもない口調で言い切る貴俊、どこからそんな自信が出てくるのか分らない。
それでも貴俊がそう言うと本当にそうなるような気がする、、でも今回ばかりはさすがの貴俊でも無理だろうなと思った。
どんなに頑張ってもこの点差をひっくり返すことは出来ないだろうと、高を括っていた俺はとりあえず貴俊の提案を受け入れた。
「ご褒美って何が欲しいんだよ。俺、あんま金ねぇぞ」
「何か買って欲しいわけじゃないよ。俺のお願いを一つだけ叶えてくれる?」
「お、お願いって……」
何かとんでもないことでも考えてるんじゃないかと問いただしても、「勝ってからね」と言っていくら聞いても教えてはくれなかった。
(ま……勝てるわけないって)
それが十五分くらい前の出来事。
そして今の貴俊のスパイクで倍以上あった点差はひっくり返り、信じられない事に俺達のチームは逆転をしてしまった。
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