『日日是好日』
第五話『グッドモーニング、ガクさん』 P2


 ガクさんが食事をしているのを見ているのが好き。

 5枚切の食パンを豪快に齧る姿は、なぜか分からないけれどボクの目には男らしく映る。

 朝から5枚切を二枚ペロッと平らげるガクさんは、新聞を片手に黙々と二枚目のパンを頬張っている。

 ボクはというと……起きたばかりはあまり食べられない。

 もちろん、食べなくちゃいけないことは分かってる。

『食べられないものを無理して食えとは言わない、でも少しでいいから何か食べなきゃダメだ』

 一緒に暮らすようになってガクさんが真面目な顔をして言った言葉だ。

 だから今ボクの目の前には牛乳たっぷりのカフェオレと小さなクロワッサンとイチゴジャムの入ったヨーグルト。

 見た感じはちょっとお洒落なモーニング。

 いつもの朝はご飯だから今日の朝食は珍しい。

 お米の好きなガクさんは朝は白いご飯と前の日の夕飯の残りとかお味噌汁とか、ちょっと時間がある時は卵焼きを焼いたりする。

 ボクはたいていガクさんの大きな手が握ってくれた小さな塩味のおにぎりを一つと、あとは卵焼きがあればそれをつまむ程度。

 今日のパンは近所に新しく出来たパン屋さんの開店セールで買ってきたもの。

 明るい店内と香ばしい香りに誘われて、ボクたちは気が付いたらトレーに乗り切らないほどのパンを買ってしまった。

「カオル、どうした?」

「ううん」

 不意に声を掛けられ顔を上げると、二枚目の食パンも食べ終わったガクさんが不思議そうな顔でこっちを見ていた。

 朝からガクさんに見惚れていた、なんてちょっと恥ずかしくてボクはクロワッサンを齧りながら首を横に振った。

「この前話したと思うけど、明日は帰り遅いからな。飯は用意しておくけど、何食べたい?」

「いいよ。適当に食べる。パン、あるし」

「だーめーだ。朝も昼も適当にしか食べないのに、夕飯までパン一個はダメだ」

 ガクさんは食生活だけは、結構口うるさい。

 口うるさいけれどそれを嫌だとは思ったことはないし、確かにガクさんの言う通りで一人でいたらご飯もまともに食べないボクは反論はしない。

 でも夕飯を食べないガクさんに用意をしてもらうのは気が引ける。

 だからといって……自分で作れるわけじゃないんだけど……。

 ボクだってカップラーメンくらいは作れるし、野菜炒めと目玉焼きとかも作れる。

 でも一人しかいないのにそんなの作って食べたって美味しくない、何を食べても味気ないならパンだけでもいいと思うんだけど……。

 きっとそんなこと言ったら、ガクさんは呆れたようにため息を吐いて、食事の大切さを懇々と説くはずだ。

「カーオール」

 トントンとテーブルを叩く音にハッとして顔を上げる。

 また考え事をして、食べるのが止まっていた。

 慌ててクロワッサンを口に突っ込むと、コーヒーを飲んでいたガクさんが楽しげに肩を揺らした。

「そんなに急いで食べるとつかえるぞ。そうじゃなくて、明日の飯、どうする?」

 あ……そうだ、明日のご飯のことだった。

 すぐに別の話題にすり替わってしまうボクの頭、ようやく元の線に戻してどうしようと頭を捻った。

 出来るだけガクさんの手を煩わせず、尚且つガクさんが安心するものは……何かあるだろうか、と考えていたボクの頭には一つしか浮かばなかった。

「雪さんとこで、食べる」

 雪さんはボクの叔父さんだ。

 ガクさんと暮らすまではずっと雪さんと暮らしていた。

 それならガクさんも心配しないだろうと思ったのに、目の前のガクさんは何だか表情が冴えない。

「ガクさん?」

「あ……いや、それなら安心だな」

「うん」

 すぐに笑顔になったけれど、何だか表情がぎこちない。

 ボクの心はまるで静かな水面に雫が落ちてその小波が波紋として広がっていくみたいにザワザワとする。

 その原因が雪さんの名前を出したから、ということに気が付いたのはガクさんがコーヒーを飲み終わって席を立とうとする頃。

 ボクにとって雪さんは親以上の人、何かあったらまず最初に雪さんの顔が浮かぶ、それくらいボクにとっては大事な人。

 でもガクさんとは比べられない、どっちが大切なんて聞かれたら答えられない。

 それをどうやって言葉にしたら伝わるんだろう。

 ボクにとってガクさんは自分以上に大切な人、きっとガクさんが傷ついたらボクはガクさんよりも痛みを覚えるはず。

 雪さんも大切だし、ガクさんも大切だし、ボクにとっては二人とも……。


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