『日日是好日』
第五話『グッドモーニング、ガクさん』 P1


 深い海の底に一筋の光が差し込むように、深いところにあったボクの意識に音が届く。

 少しずつ覚醒していく意識、遠くの方から聞こえていた音、それがようやく目覚ましの音だと気付くと同時にその音は止まった。

 もう、朝だ。

 昨夜はいつもより早く寝たからかな、いつもならまた目を閉じてしまうのに瞼を持ち上げることが出来た。

 まだボンヤリしながら薄暗い部屋の中を彷徨わせていると後ろから「くわぁ」という声が聞こえた。

 とぼけたような声に誘われて、どんな顔をしているのか見たくなる。

 ゴソゴソと体の向きを変えようとすると、後ろから伸びてきた逞しい腕にボクの身体は動けなくなってしまった。

「今日は早起きだな、カオル」

 寝起きのガクさんの声は少し掠れている。

 でもそれがエッチの時と似て色っぽくてボクは好きだ。

 耳のすぐ側で話しているのかくすぐったさに頭を振ると、今度はチュッと音を立てて温かい唇が耳に触れた。

「んぅ……」

 ボクの口から出てしまった朝には少し似つかわしい声。

 恥ずかしくて慌てて口元を覆うために手を伸ばすと、ボクの両手はあっという間にガクさんに捕まえられてしまった。

「俺のカオルは朝から可愛いな。誘ってくれてるのか?」

「ち、違うよ。だって、ガクさんが……」

 いくらボクでも……そんなことしないよ。

 少し責めるような口調になりながら、首だけを捻ってガクさんを振り返った。

「おはよう、カオル」

 怒ってやろうと思ったのに、とびきりの甘い声と一緒にキスもされてしまった。

 もう……そんなことされたら怒れなくなっちゃうじゃないか。

「ガクさん、おはよ」

 ちょっと悔しいけど、やっぱり朝の挨拶は嬉しい。

 一日の始まりに大好きな人の声を聞いて顔を見て、何をするよりもまずキスを交わせることが嬉しい。

 ボクはほんの少し顎を上げてガクさんの唇にキスをした。

「まだ寝ててもいいんだぞ?」

 そう言いながら嬉しそうに笑うガクさん、大きな手で寝癖のついたボクの髪をワシャワシャとかき混ぜる。

 ボクの細い指とは違って男らしいガクさんの指。

 まるでマッサージされているみたいな心地良さに、そのまま目を閉じてしまいそうになったけれど、どうにか瞼を持ち上げたままでガクさんに返事をした。

「ううん、起きる」

 だって朝の時間はとっても貴重だ。

 サラリーマンのガクさんと部屋で仕事をするボク。

 ボクは何時に起きても構わない、でもガクさんが仕事のある日は一緒に過ごせる時間はうんと短い。

 朝ガクさんと話す機会を逃してしまうと、夜遅くまで何も言葉を交わすことが出来ない。

 だからボクはなるべく、朝の短い時間を一緒に過ごそうと決めている。


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