【5】

 彼は今日もお酒の匂いと女物の香水の匂いをさせているのに、まるでおとぎ話から出て来た王子様に見えた。

 大学生の先輩とホストをしている彼ではやはりこういった場面に慣れているのは彼だったらしい、凄みのある視線で睨まれると先輩は小さくなってしまった。

「おばちゃーん、ちょっと美紀ちゃんとデートしてもいいかー?」

「忙しいんだからね! 30分だけだよっ!」

「えっ……?」

 突然何を言い出すのかとオロオロしていると、カウンターの中にいたおばさんは私に向かってウインクをする。

「で、でも……」

「よっ! 頑張れよー竜ちゃん!」

「美紀ちゃーん、お盆お盆! デートにお盆はいらないって!」

 俯いてしまった先輩のことが気がかりではあったけれど、皆から冷やかされ彼に手を引かれながら店を出た。

 少し歩いて近くの公園まで歩くと、ずっと黙っていた彼はパッと手を離して振り返った。

「勝手に手なんか繋いでごめん、デートとか言って気分悪かっただろ?」

「あ……の……」

「あの場はあーでも言って助けた方がいいかなぁと思ったけど、もしかして余計なこと……した?」

「あ……いいえ。あの……助けて頂いてありがとうございます」

 お礼も言ってないことを思い出して頭を下げると、珍しく彼が小さくため息をついたのが聞こえた。

 その理由を尋ねる勇気もなく、気になったまま悶々としていると彼は手に握っていた水仙の花を差し出した。

「ごめん。あの男に腹が立って握りしめたらこんなになった」

 茎の真ん中辺りからお辞儀をするようにと頭を下げてしまった花に、彼は申し訳なさそうな顔をする。

 さっきのため息はこれだったのかと思うと、そんな彼の優しさが嬉しくて思わず笑ってしまった。

「美紀ちゃん?」

 驚きの声を上げる彼に私は持っているだけの勇気を振り絞った。

「きょ、今日は……言ってくれないんですか? あの……いつ、も……の……」

 恥ずかしくてしどろもどろになってしまい、これでは彼に伝わらなかったんじゃないか、焦っていると彼は片膝を付いて私を見上げた。

「俺の恋人になってくれる?」

 それはおとぎ話の中で見た、王子様がお姫様に求婚するシーン。

 手には花を握り真っ直ぐ私を見つめる視線はとても誠実そのもの。

 見た目は軽薄で言ってることは調子が良くて、ホストなんて仕事をしているのに……。

「はい」

 私は小さく返事をして、萎れかけた花を両手で受け取った。

 出会ってからもうすぐ一年が経とうとしていた冬の終わり、私はとうとう彼の彼女になった。

 店に戻るともう先輩はいなくて、私達を待っていた常連さん達に彼はブイサインをして見せた。

 親戚のおばさんは困ったような顔をしたけれど、後から小さな声で「良かったね」と言ってくれた。


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