【4】

 彼は毎日のように店を訪れては花を渡し、映画に誘ってくれた。

 一度くらいいいかなと思い始めていたけれど、なかなか踏ん切りがつかないまま季節は冬が過ぎて再び春を迎えようとしていた。

 周りの常連さんも親戚のおばさんもそんな私の心の内を知ってか知らずか、彼と私のことを冷やかすことは少なくなった。

 今日こそは彼が誘ってくれたらオーケーしようと思っていたある日のこと、朝の慌ただしい店に意外な人物が現れた。

 所属しているテニスサークルを通じて知り合った一つ上の男性で、一度断ってしまったことを根に持っているのか、それ以来かなりしつこく付き纏われていた。

 まさかお店にまで来るなんて……。

 先輩は入って来るなり私の姿を見つけるとニヤッと笑い、堂々とカウンターに座った。

 まだモーニングの時間で賑わっていた店内は初めて見る顔だったせいか、シンと静まりかえってしまった。

 どうしようと思いつつも客としてカウンターに座る先輩を無視することも出来ず、水とおしぼりを持った。

「い……らっしゃいませ」

「おはよう、美紀さん」

「ご、ご注文……は……」

「何時に終わるの? 映画でも行こうか、僕はこの監督が好きでね。ぜひ美紀さんにも見て……」

 ポケットから映画のチケットを取り出した先輩にトレイを持っていない方の手を掴まれた。

「は……離して……」

 手を掴まれた瞬間、全身に寒気が走ったけれどあまりの力に振り解くことが出来ない。

「おい、あんた!」

 一番近くに座っていた山さんが異変に気付き席を立った時だった、緊迫した空気には場違いなドアベルのカランカランという音に皆が一斉に振り向いた。

 あ……。

 今日もスーツに身を包み足首まであるようなロングコート姿、手には連日のように届けられている日本水仙。

 いつもは何を言われても笑みを崩さない彼が私の姿を捉えるなり、怖い顔をして真っ直ぐ向かってくる。

「竜ちゃん、いいとこに来たよ!」

 山さんがそう声を掛けると、彼は小さく頷いたように見えた。

「おにーさん、女の子の手はこんなに強く握ったらダメだぜー。もしかして女の子と手を繋いだことない?」

 彼は言いながら握られた手を解き、先輩と私の間に割って入った。

「き、君は……誰だ。僕は美紀さんと話をしているんだ、邪魔をしないでくれないか!」

「でもこの雰囲気は……邪魔者は俺じゃなくてあんたみたいだけど?」

「な、何を言ってるんだ!」

 常連さんで埋め尽くされた店内、全員の非難の視線は先輩に向けられていた。


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