【3】
彼への見方が変わったのはそれから少し経って、季節は夏になり学校も休みになったある日のことだった。
いつものように店を手伝っていると、朝と午後では常連の顔ぶれも違っていた。
まだ慣れない中で一人の年配の男性が花瓶の花を見て驚きの声を上げたので思わず足を止めた。
「この花って若い兄ちゃんが持ってくるだろ?」
「え……は、はい」
そう指摘されてドキッとした。
やっぱり彼はどこかの畑か店先から勝手に持って来ているんだと思って、安易に返事をしてしまったことをすぐに後悔した。
ど、どうしよう……。
もしかしたら彼は警察に捕まってしまうかもしれない、そう思った時だった。
「ってことは……君かー、兄ちゃんの好きな女ってのは!」
「えっ!?」
何を言われているのか分からず目を白黒させていると、おじさんはアイスコーヒーをカラカラと回し、陽によく焼けた顔を綻ばせたながらタバコを吸った。
「いつ頃だったかなぁ。派手な兄ちゃんから花を分けてくれって言われたんだよ」
どうやら近くで花を育てている農家らしい。
酒の匂いをさせているし酔っ払いの冷やかしだと邪険に扱ったけれど、彼はこう言ったらしい。
「好きな女に花をあげたいけど、花屋で買うほど稼いでないし、どうせ花屋で買うなら立派なやつ買いたいんだ」
「そんな偉そうなこと言うもんだからよぉ、他人様からタダで貰った花で好きな女を口説くつもりかって言ってやったんだ」
おじさんはその時のことを思い出しているのか、とても楽しげな顔を見せた。
皺の刻まれた顔は嬉しそう笑い目尻の皺をさらに濃くさせて、視線は愛しそうに花を見つめている。
「そしたらアイツ、金はねぇけど体力はある! とか言って仕事手伝い始めやがって。
あまりにいい働きっぷりだから、どんだけ欲しいんだって聞いたら一本だけだとよ。
毎日一本、それが今の自分に見合う精一杯だってよ」
驚きのあまり返事を返すことも出来なかった。
その後もおじさんは彼の話を続けたけれど驚くことばかりだった。
親に勘当されてまで実現したい夢のために服は全部先輩のお下がりだということ。
それでも親のことが気が掛かりでこっそり実家へ行ったら、父親に見つかって殴られたこと。
毎日たった一本の花を得るために、十分すぎるほどの手伝いをすること。
その理由を本当の親には孝行してやれそうにないからちょうどいいんだと言って笑ったらしい。
お酒の匂いをさせて女性物の香水に匂いをさせて、チャラチャラしてるだけの人だと思っていたのに……。
そんなことをおくびにも出さずいつも軽く渡されていた花、まさかそんないきさつがあるとは思いもしなかった。
「へぇ。そうロクデナシでもないんだねぇ」
おばさんの言葉を聞きながら私の中の嫌悪感もいつの間にか消えていることに気が付いた。
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