年末の風景君の隣
冷たくなった手を口元に寄せて息を吹きかけながら、すっきりとした部屋とまるで存在しないかのように磨かれた窓を眺めて、いつにない充足感を味わってからコートを手に取った。
今年も残すところあとわずか、家族(居酒屋でバイトの雅則は除く)が休みに入った今日、我が家は朝から大掃除に追われていた。
水の冷たさで赤くなった指先に、何も大掃除を寒い冬にやることはないのに、と心の中でぼやいてしまう。
今年の汚れは〜と掃除道具のCMで言ってる通り、年末に駆け込み大掃除をするのだけれど、これは万国共通なのか気になるところだ。
どこの国も年末に大掃除をするというのなら、南半球はさぞ楽だろうと考えたけれど、今年の夏の暑さを思い出してゾッとする。
どっちもどっちだという結論に行き着いたところで、ポケットに携帯と財布だけを詰め込み、一階へ降りて行くとキッチンには大掃除に奮闘している母の姿があった。
「母さん、祐二のとこ行ってくるよ」
「掃除は?」
「終わったよ。ゴミと雑誌はまとめて玄関のところ」
顔を上げた両手にゴム手袋姿の母に、言われた通りやったとアピールすれば満足そうな頷きが返ってきた。
「じゃあ、行ってくる」
「ちょっと待って、お兄ちゃんは? 進んでそう?」
くるりと向きを変えた途端、不安そうな母の声に向かいの雅則の部屋を思い出しながら、首を捻って振り返った。
「とりあえず……起きてはいたよ」
「もうっ! お兄ちゃん!! お兄ちゃーーん? ちゃんと掃除やってるの?? 夕方までにゴミだけは出しなさいよー」
眉を吊り上げて声を張る母に、これ以上ここに居ては巻き込まれそうだと、足早に玄関に向かう途中、二階から「やってるってー」というのんびりした声が聞こえてきた。
「じゃあ、行ってきます」
聞こえていないだろうと思いつつ、小さく挨拶をして家を出るとガレージでは父が寒そうにしながら洗車の真っ最中だ。
「掃除は終わったのか?」
俺の姿を見て出掛けることを察したらしい父が、洗ったばかりの車の水滴を拭きあげる手を止めた。
「終わったよ。でも、ちょっと危険な状態かも」
何が危険かは言わなかったけど、すぐに何を言わんとするか分かったらしい父がちらりと家を見てから首を竦めた。
「いつものことだな。でも大丈夫だ。父さんが風呂と窓を終わらせた」
自慢気に親指を立てる父親は脚立に上がって再開させてから続ける。
「それに今日はカニだぞ」
母の大好物だ。
カニは特別好きではなかったけれど、隣の家との忘年会という名の年の瀬の外食は毎年とても楽しみにしている。
去年は出来たばかりのイタリアン食べ放題の店、しばらくピザは見たくないというほどの量を全員で平らげて、満腹感で全員が苦しんでいる中、祐二だけは嬉しそうにデザートをおかわりしていた。
可愛かった、可愛くて可愛くてそれだけで十分だったのに、ご機嫌な祐二はジッと見ていた俺に向かって、自分が食べようとしていたジェラートを乗せたスプーンを差し出してきた時には、これが死亡フラグってやつじゃないかと本気で疑った。
かつてないほどの心拍数の上昇に、平常心を保って見せることで精一杯で、その時食べたジェラートの味はまったく覚えていない。
「恋人になってから初めての年末、だ」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもない。俺も楽しみだよ。じゃあ、行ってきます」
寒い中での大掃除、母に怒られながらノロノロ片付けをする兄の姿、大掃除が終わってお疲れさまーとグラスを傾けて始まる忘年会、すべてが毎年同じことの繰り返し、今年もそれは変わらないけれど、ただ一つ今までと違うことは祐二と恋人同士になったことだ。
口に出して改めて実感すると、堪えきれない喜びに口元が緩んでしまう。
想いを伝える前までは隣にいられるだけで幸せだった、つれなくされたり嫌がられたりすることがあっても、結局は誰よりも自分が側にいる事実に満足していたはずなのに、想いが通じあった今では少しでも多くの時間を祐二と過ごしたくて仕方がない、時間が許す限り祐二のそばに居て、出来ることなら相思相愛って状況を満喫したい。
欲張りになっている自覚はある、このままじゃいつかしっぺ返しがくるんじゃないかと不安になることもある、まるでジェットコースターのような心の内を祐二は知らない、いや……知る必要なんてないんだ。
祐二は難しいことなんて考えずに、いつでも隣にいてくれたらそれでいい。
色々考えるけれど最終的には祐二の隣にいたい、その一言に尽きてしまう自分もたいがいだなと思っていると、向かっている先の門扉が開いた。
ただの偶然も恋心を自覚したその瞬間から運命だ。
「祐二!!」
大好きな人の姿に、考える間もなく駆け出した。
end
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