ヒヨコのタオルケット君の隣

 連日の猛暑日にも負けず夏休みを満喫中の東雲祐二は、今夜も家族のような顔をして篠田家リビングにいた。

「二人とも夏休み中だからってあまり夜更かししちゃダメよー。寝る時にはエアコン切るのも忘れないでね」
「分かったよ」
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさーい」

 貴俊が振り返って母親に挨拶を返しても、祐二はテレビから視線を外さず声だけを返し、ソファの上であぐらを掻いたまま腕の中に抱いたぬいぐるみを抱え直した。

 ひと抱えはある大きなぬいぐるみは、数年前に兄の雅則が酔っ払って持ち帰ったもので、熊だかパンダだか分からないひどく不細工な顔をしているのに、やたら肌触りが良いせいかソファに座る人のお伴にと重宝されている。

 篠田家で自宅のように過ごす祐二も例外ではなく、テレビの前を陣取ると当然のようにそのぬいぐるみを腕の中に抱いた。

(ほんと、気に入らないな)

 貴俊は祐二に抱きしめられているぬいぐるみに恨めしい視線を送り祐二に聞こえないように小さく舌打ちをした。

「なぁなぁ、どれから見る?」

 ぬいぐるみを離さないまま、昼間借りてきたDVDを両手に持った祐二がこちらを振り返る。

 パッケージの表裏とひっくり返して内容を確認する祐二の腕の中では、不細工な顔のぬいぐるみが勝ち誇ったようなどや顔をしているように見えた。

「……どれでもいいんじゃない?」

 自分の気持ちに気付いてくれたらいい、淡い期待を抱いてあえて不機嫌を声に乗せてみた。

「じゃあ、これな!」

 祐二が選んだDVDをセットしている姿を目で追いながら、期待をバッサリ切り捨てられ冷えた頭の中で、逆に些細なことに気付く敏感な祐二を想像してみる。

 それは嫌だな。
 祐二はイラッとするくらい鈍感なくらいでちょうどいい、やきもきさせられるし振り回されてグッタリすることだってあるけれど、そんなことを差し引いても可愛いと好きが上回って余りある。

「どうした?」

 ぼんやりしていたらDVDをセットして戻って来た祐二が、さも当然とばかりにぬいぐるみを抱え直してこっちを向いた。

「ん?」
「なんか微妙な顔してんなーって。は、はーん……さては、お前怖ぇんだろー」

 ひひひ、と祐二は楽しそうに笑って、ぬいぐるみの頭に顎を押し付けている。

「さぁ、どうだろ。これは見たことないしなぁ。少しくらい怖いといいね」
「……ぐっ。つ、強がっていられんのも今のうちだからな!」

 強がっているのはどっちなんだか。
 啖呵を切ったばかりなのに、テレビ画面に映像が流れ始めた途端、ぬいぐるみを抱きしめる祐二の腕に力がこもっていくのが見える。

 昼間、ぐったりとしながらアイスを食べていた祐二は、何を思ったのか突然「夏はやっぱり怖い話だよな!」そう切り出した。
 毎年のことなので「あーもうそんな季節か」なんて感慨に耽っていると、暑い暑いとごねていたことも忘れた祐二にレンタルショップへと引きづられるように連れて行かれた。

 夏だからなのか「暑い夏こそ!」と銘打ったコーナー前にしゃがみ込む祐二は、DVDを選びながらなぜかパッケージ親指と人差し指で摘むように持つ、おどろおどろしいパッケージをしっかり持つのは怖いという理由らしいが、毎年のことだから見慣れた光景で、そうまでして借りようとする祐二の可愛さに、汗が滲むうなじにキスしたくて堪らなくて、別な意味で陰気なパッケージを凝視せざるを得なかった。

 映画ではなくテレビの特別番組のような心霊現象を検証するDVDが流れて数分、特に感想もなく眺めているとふと腕に体温を感じて、チラリと視線を移してみれば、いつの間にか祐二の身体が近くにあった。

 いつもは勝気なアーモンド形の瞳を閉じたり開けたり、瞬きにしては不自然な動きと顔を左右に振るという行為を繰り返しながら、ぬいぐるみの頭に口から下を埋め込むように、画面を睨みつけている。

 本当は心霊なんて大の苦手のくせに、見たあとは一週間くらい電気を消して眠れないくせに、学校のトイレとか一人で行けなくなっちゃうくせに、怖いもの見たさとはまさしくこのことかと思ってしまう。

 不自然な瞬きの理由は観察していたらすぐに分かった。
 映像と恐怖感を煽る効果音に連動して、祐二の瞳は伏せられている。肝心なところを見逃しても楽しいのだろうか、という本末転倒な疑問には気付かなかったフリをして、ふるふると揺れる頭を眺めていたら遠い昔の記憶が呼び起こされた。


 お揃いの園服と黄色い肩掛けカバン、バスを降りて向かう先はどちらかの家、園服を脱いで手を洗っている間に、二人分のオヤツと牛乳が置かれたテーブルの前へ行く。
 双子のようにいつも一緒にいて同じことをする、思い返せばそれが日常だったあの頃から祐二が自分よりも他のモノに執着することを気に入らない、いわゆる嫉妬心というものが芽生えていたらしい。

「祐くんは本当にそのタオルケットが好きねぇ」
 一人で絵本を読んでいたら母親の声が聞こえて、振り返って見ればさっきまで一緒に遊んでいた祐二はすでに夢の中だった。
 オヤツを食べて遊んでいたら眠くなる、それもほぼ毎日のことで祐二が寝てしまった後は絵本を読むということも当たり前になっていた。
 覚え始めたひらがなを追っていた目で気持ち良さそうに眠る祐二をジッと見る、祐二は体に掛けられたタオルケットを口元まで引き上げている。

 ヒヨコのタオルケットだ。

「本当にねぇ。どこ行く時も離さないのよ。でも、車で出掛けてもアレさえあればすぐに寝ちゃうから助かっちゃうのよねぇ」
「肌触りがいいのかしら。ほら、また……気持ち良さそうね」

 祐二は大切そうに握りしめていたタオルケットの端、少し生地が厚くツルツルとした感触の端の部分に、唇を寄せて緩く顔を左右に振っていた。

 気持ち良さそうな顔、とてもリラックスした顔、自分の前ではあまり見せないその表情に、気が付けばタオルケットに手を伸ばしていた。


 その後、タオルケットを引っ張られて目を覚ました祐二とケンカになって、母親にすごく怒られたという苦い思い出だ。
 それから暫くして再びタオルケットを手に取る機会があって、こっそりと祐二の真似をしてみたことがある、タオルケットの端に唇をすり寄せてみた、ツルツルともスルスルとも何ともいえない優しい感触、祐二が気持ち良さそうにしていた理由をようやく理解出来た。

 でも、良い気分はしなかったんだよね。

 あの頃は自覚していなかったけれど、今はハッキリと自覚している嫉妬心、相手が人間ではなく物であっても、気に入らないものは気に入らない。
 そう、祐二の腕の中に我が物顔で居座っているぬいぐるみのことだ。

 後頭部に唇を寄せられて勝ち組気取りのぬいぐるみ、子供の頃の自分なら間違いなく奪い取ったに違いない、あれから10年以上が経って自分も少しは大人になったんだ。

「祐二」
「ちょ……っ、何すんだよ」
「いーから」
「あ、さては……お前、本当は怖いんだろう?」

 ソファの背もたれと祐二の間に強引に体を捻じ込んで、ぬいぐるみを抱える祐二のように祐二の体を後ろから抱きしめる。
 鬱陶しそうに体を揺すっていた祐二は、怖がっていると勘違いして気を良くしたのか、大人しく腕の中に収まってくれた。
 祐二の腹に腕を回してギュッと力を込める、鼻先を半乾きの髪に埋めてから気付かれないようにうなじに唇を寄せた。

 ああ、そうか……そうなんだ。

「ったく、しょーがねぇーな。怖かったら隠れてろよー」

 怖い場面と抱き着いたタイミングが同じだったらしく、祐二の口調は小さい頃のそれに似ていて、最近は聞かれることが少なくなった誇らしげな声色だ。

「うん、怖いな」
「じゃあ、これが終わったら次は怖くないやつな」

 怖いのは、そう祐二を絶対に手放せない自分の執着心だ。
 ヒヨコのタオルケットを取り上げられた祐二の時のように、自分の手から祐二を取り上げられたら……、想像しただけで気が狂いそうになりそうで、また少し腕に力を込めてから祐二の肩に顔を伏せた。

「……好き、好きだ。祐二だけが居てくれたらそれでいい」
「んぁ? 何か言ったか? 大丈夫か?」
「うん、大丈夫。祐二が居てくれるから」
「ヒヒヒ……情けねぇなぁ」

 そうだよ。だからさ……いつまでも隣に居させてよ。

end


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