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『One step』オマケ

「タマ、何か飲むか?」

 空になりかけたグラスに気付いたのかヨウは蕩けそうな優しい声で珠ちゃんに話しかけている。

「んーとねぇ……」

「ターマ、顔にソース付いてんぞ」

 ドリンクのメニューを手にとって悩んでいる珠ちゃんの横から長い腕が伸びてくる。

 シェフ自慢の渡り蟹のトマトクリームパスタを頬張っていたせいか、唇の端に付いていたソースをヨウが指で拭い舐めた。

 なんていうか……あれだな、恋人っていうより兄と妹。

 話を聞いて実際に二人を目の前にしたら何となくヨウの言っていた「ママゴトみたいな恋愛」って意味がよく分かる。

 時々見せるヨウの色気のある男の仕草にも、まだまだ恋愛の入り口に立つか立たないかの珠ちゃんには効果がないらしい。

 ヨウ……ソース付いてるなら舌で舐め取るくらいしねぇとこりゃ伝わらんねぇぞ。

 俺は呆れたが当の本人のヨウはこっちが恥ずかしくなるくらいニヤケきった顔。

 ほんとベタ惚れだな、おい。

 仕事で知り合って長い付き合いなのに初めて見せる顔、仕事中のカメラの前では絶対に見せない顔。

 こんな良い表情が出来たのかよ……。

 つい恨み言の一つも言いたくなった俺はヨウがオーダーする為に席を立った隙にテーブルに置いてあったボトルを開けた。

「珠ちゃん、これ美味しいよ。りんごのジュース」

「あっ、ありがとうございますっ」

 気持ちが良いほど元気が良く、頭を下げる姿を見ていると彼女の純粋さが伝わって来る。

「タマー、グレープフルーツないんだってオレンジにするか? それともウーロン茶にするか?」

「あ、庸ちゃん! 今ね……エツさんからりんごジュース貰ったよ」

 まるでフットマンのように世話を焼くヨウが戻って来ると珠ちゃんは俺が注いであげたグラスを持ち上げてヨウを見上げた。

「りんごジュース?」

 何か引っ掛かるのか首を傾げるヨウだが、珠ちゃんは構わずグラスに口を付ける。

 あれだな……進展しないなら進展してしまうような状況を作っちまえばいいわけだよ。

 いきなりワインじゃ飲めないだろうけど、これくらいならまあ大丈夫だろうし、それにまあ男と女が仲良くなるには適度なアルコールも時には必要ってな……。

 さあ、飲め! ググッと飲め!

「タマ、ストーーーップ!!」

 固唾をのんで見守っていた俺は寸での所でグラスを取り上げたヨウに思わず舌打ちした。

「庸ちゃん?」

「保ー志さん! これ酒だろ! タマはまだ高校生だから酒はダメって言ったじゃないですか!」

「酒じゃねぇって、りんごジュースだよ」

「じゃあその手で隠してるボトル見せて下さいよ。それシードルっすよね?」

「シードルなんて酒のうちに入んねぇだろうが」

 ボトルを取り上げようと近付いて来たヨウの首に手を回して引き寄せた。

「痛って……、何するんすか!」

「アルコールが入ったら子猫ちゃんと今夜はニャンニャン出来るかもだぞ? いいのかあ、折角のチャンスを逃してもー」

 もちろん可愛い子猫ちゃんには聞かれないように耳元でこっそり囁いた。

「……ッ!!!」

「庸ちゃん? エツさん?」

「何でもないよ、タマ。そんなことより飲み物どうする?」

「ウーロン茶にするっ!」

 さすが売れっ子モデル……。

 テーブルの下では思いっきり俺の足を踏みつけているくせに表情からは微塵も感じさせない。

 ったく……親心だろ、親心。

 でもまぁ……いい年した男と女、しかも恋愛感情を持ってる同士が一晩過ごすんだ、こりゃ後で根掘り葉掘り聞くしかねぇよなぁ?

 その時のヨウの顔を想像すれば楽しくまたニヤケてしまった俺の足は更なる衝撃を受けた。

end


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