白衣の人 2
〔尚隆さま…〕

 独りになると、考えは昨日の尚隆との事に飛んでしまう。

〔本当にわたくし…、あの方のものにされたのかしら?〕

 熱に浮かされ、月経になったとはいえ、何も覚えていないのが羞かしくもあり、そして不思議でもある。

〔お、男の人に身を任せて記憶がないなんて…〕

 いつの間にか鎮痛剤が効き始め、睡魔に襲われた美凰は再び夢を見ていた。



「ん…」

 夢の中の美凰は尚隆に抱き締められ、熱いくちづけを何度も柔らかな唇に受けていた。

〔ここは…、あの方の部屋?!〕

 美凰は、初めて訪問した尚隆のマンションのソファーで抱き締められていた。
 息も止まるような甘いキスに、心臓をドキドキさせながら応じている。
 先日の車の中での恐ろしげな愛撫が信じられない程に、今日の尚隆はとても穏やかだ。

「美凰、愛してる…」

 そっと乳房を触られるともっと秘密の世界を覗き見たいと思う一方で、処女の危険信号が警報を鳴らし始める。
 スカートの裾をたくし上げられ、腿に熱い男の手を感じた途端、美凰ははっとなって尚隆を押しやった。

「いやっ!」

 美凰は慌てて起き直り、いつの間にかボタンがはだけられた胸元を掴みながらスカートの裾をそそくさと下ろした。
 涙ぐんで自分から離れていく美凰を見つめ、尚隆はふぅっと息を吐いてがっくり項垂れると興奮した箇処を見られない様、クッションを抱き締めて隠した。

「すまん。なにもしないと言って誘っておきながら…、つい…」
「いいえ…。ごめんなさい。わたくしがあなたのお家でお話したいと言ったから…。ごめんなさい…」

 ディズニーランドでの一泊旅行を決心した美凰は、仲直りのデートの日、映画を見終わってランチを楽しんだ後、緊張した表情で尚隆のマンションに行ってみたいと切り出したのだ。
 勿論、尚隆に否やはなかった。
 部屋に落ち着き、遊園地での行動をあれこれ計画してお喋りしている間に可愛い唇が欲しくなった尚隆が、ふいに美凰を抱き寄せてしまったのがいけなかった。
 戦慄しながらも尚隆のなすままに身を預けてくる美凰にキスを繰り返すと、もう抑制がきかなくなってしまったのだ。

「すみません…。洗面所を拝借してもよろしくて?」

 真っ赤になった美凰の訝しげな所作に気付き、尚隆は我知らず紅潮しながら頷いた。

〔濡れてくれたのなら、あともうひと踏ん張りだな?!〕

 そそくさとリビングを去った美凰の後姿に、尚隆は自信を取り戻して立ち上がると、恋人の為にアイスティーを入れるべくキッチンに立った。
 暫くして、洗面所から戻ってきた美凰の様子はぎくしゃくとしていておかしかった。
 その様子を、尚隆は少しだけ悪戯っぽい双眸で見つめながら飲み物を勧めた。

「どうしたんだ?」
「いっ、いいえ…。なんでも…。いっ、戴きます…」

 どこかしょんぼりとした様子の美凰は、そういうと冷たいグラスを手にし、緊張の渇きを癒すように琥珀色の液体を飲んだ。
 浮かんだ氷がかちゃりと涼しげな音をたてる。

「…。あの…、ディズニーランドに行くときは、大丈夫ですから…」
「?」
「あの、わたくし、ちゃんと覚悟して参りますから…」
「…、うん…」

 真っ赤な顔をして小さく呟く美凰の言わんとしている事が解り、その初心な心根が嬉しくなった尚隆は、軽く咳払いをしてからグラスに口をつけた。



 ミッキーマウスの声に出迎えられ、5階でエレベーターを降りた恋人達は、アンバサダーフロアでチェックインをした。
 尚隆が宿泊カードを書き、諸事の説明を受けている間に、美凰はラウンジでうやうやしく飲み物を勧められていた。

「では、明日のご朝食は『シェフミッキー』でお楽しみください…」

 フロント嬢は尚隆の凛々しい男ぶりに赤くなり、美凰を羨ましげに見つめながら、にこやかにカードキーを渡してくれた。
 やがて二人は豪華な部屋に案内された。



 美凰の旅行鞄からひらひらした布が零れてベランダから吹く風に煽られている。
 彼女は今バスルームで着替えているが、余程慌てて荷物を開けたのだろう。
 尚隆は笑いながら布を手に取った。
 見るとそれはとても可愛らしいピンクのネグリジェだった。
 ワンピース仕立ての柔らかな生地は袖がなく、トップは肩紐を解けば脱げる造りで、ボトムは膝丈にカッティングされた5枚の布で接(は)がれ、チューリップの花弁が広がる様な造りになっている。
 今日の為に用意された新品である事に間違いはなかった。
 知らず知らずに口許が緩んでしまう。
 背後の物音に尚隆はそっと繊細な布を鞄の中に戻し、素知らぬ振りをしてテレビのスイッチを入れた。

「あの…、お待たせして…。わたくし、可笑しくございませんかしら?」

 羞かしそうにバスルームから出てきた美凰に、尚隆は瞠目した。
 買ったばかりのTシャツには、愛らしいデイジーダックがプリントされている。
 カジュアルなジーンズに着替えたポニーテールの姿は、まさしく18歳の娘だった。
 いつもワンピースかスカート姿、もしくは和服姿しか見たことのない尚隆は、初めて見る美凰のジーンズ姿に完全にノックアウト状態だった。

「お…、俺も着替えないとな…」

 焦った尚隆はそう言うと、美凰の前でポロシャツを脱ぎ、逞しい上半身をさらけ出した。

「きゃっ!」

 美凰が羞かしがって顔を覆っている間に、尚隆も買ったばかりのTシャツをバッグから引っ張り出し、慌てて着替える。
 その胸には、大口を開けて怒っているドナルドダックがプリントされていた…。

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