まぼろし 2
「…、君達ってなんなの? あたしと沢田万里子を一緒にしないで!」
「だが、少なくとも万里子は君の様に俺の二股三股を詰ったりしないぞ。自分の立場を弁えている上、ベッドでも俺を満足させるだけの高度なテクニックを色々知っているしな…」
「…、貴方みたいに冷たい男…、他に知らないわ…」
「……」

 ふいに瑠璃の声のトーンが落ちる。
 てっきりこのまま終幕を迎えることが出来るとばかり思っていたのに。
 内心拍子抜けした俺の目の前で、先ほどまでの毒婦ぶりはどこへやら、瑠璃は口を真一文字に結んで肩をすぼめている。
 奔放で自尊心の塊の様だとばかり思っていた瑠璃の意外な一面に驚かされるのと同時に、その子供っぽい反応からこの状況を悟らずにはいられなかった。

〔どうやら俺は、必要以上にこの女をのめりこませてしまったらしい…〕

 俺の経験上、この手の女は得てして自分の思い通りにならない男に弱い。
 だから俺は『優しい男』を演じることもなく、高圧的とも言える態度でこの女に接してきたのだ。
 つまりは素に近い自分のままで、女の身体を楽しむ事が出来た。
 有難いことだと思っていたが、少々やり過ぎたのかもしれない。
 これでは却って始末が悪い。
 やはりこの辺が潮時だと、俺は再認識した。

「だったらもっと優しい男を探すんだな。俺は自分を変える気はない」

 そう吐き捨ててその場から立ち去ろうとすると、瑠璃が弾かれたように俺にしがみついた。

「ごめんなさい、行かないでっ! 二度と嫌味を言ったりしないから、もう少しだけそばにいて! 貴方の言う事なら何でも聞くわ! あの人ときちんと別れろと言うなら別れる! 沢田万里子の事ももう何も言わない! 他に女がいても、こんな風にたまにしか会ってくれなくても文句は言わない! 我慢するわ! だからあたしといる時だけは、もっとあたしの事を見て! 優しくして! どうしようもなく貴方が好きなの! こんな気持ちになったのは初めてなのよっ!」

 まくしたてるだけまくしたて、俺を見上げた瑠璃の目にうっすら涙が滲んでいるのには流石に驚いた。
 どうやら俺を繋ぎ止めるだけの演技というわけでもなさそうだ。
 もっとも「女の涙」など、俺にとっては全く無意味だったのだが。
 瑠璃は俺の首に腕を回し、俺の身体に一層強く、その淫らな身体を押しつけてきた。
 どうやらこのまま、すんなりと帰してくれそうにはない。
 うんざりした思いで腕のロレックスに目を走らせれば、約束の時間までにはまだ余裕があった。

〔…。仕方がない…〕

 取り縋ってくる女を黙らせる為、俺はもう一度この女の内に身を沈めることにした…。


 女の表情からは、密度の濃い情交への期待がありありと溢れていた。

「俺は面倒な女に食指を動かしたくないんだ。よく覚えておけ…」
「尚隆…」

 瑠璃を荒っぽくベッドの上に押し倒すと、俺は背広を脱ぎ捨ててネクタイを外す。
 誘いをかけてくる朱唇は無視した。
 厭きた女にキスをする必要はない。

「お願い…、キスして…」

 莫迦莫迦しいとばかりに俺は懇願を冷笑する。

「するつもりはない。君はすっかりその気だろうが?」
「ひどいわ…、お願いよぉ…」

 すすり泣きの声を無視した俺は、瑠璃の感じる部分を的確に弄ぶ。

「早く脱がせろよ! 俺が欲しいんだろうが!」

 キスを拒否された瑠璃は震える手つきで俺のワイシャツをたくしあげ、もどかしげにスラックスのベルトに手をかける。

「お願い…、キスしてぇ…」
「お断りだ!」

 唇で、舌で、掌で、指で、最も感じる箇所を攻めあげると女は自ら足を開き、淫らにも腰を浮かして俺を誘ってくる。
 繁みを掻き分けて女の部分に指を挿入すれば、それだけで背を仰け反らせ、歓喜の声を上げて応えてくるのだ。
 そこは愛撫を施すまでもなく、充分すぎる程に潤っていた。
 生来持ち合わせた感度もさることながら、どうやらこの淫乱な身体は朝っぱらからの情事を大いに引きずっていたらしい。
 これだけ感じているのなら、事は早く済みそうだ。

「…、なんだ? もう我慢できないのか?」

 そう耳元で囁くと、瑠璃の口から早くも切迫した悲鳴が上がる。

「ねぇ! 早くっ、早く頂戴っ!!!」

 色情に狂った声で、うわ言のようにお願い、お願い、と懇願し続ける。
 ここで焦らすのも一興だが、生憎じっくりと時間をかけている暇はない。
 俺は前戯もそこそこに、瑠璃の腰を引き寄せると己を一気に穿ち込んだ。

「あああぁっ!!!」

 歓喜の声を上げながら自らも激しく腰を動かし続けるその様を見ながら、蠢惑的で肉感的な、だがもはや用済みにしか過ぎないこの女の身体を味わう最後の機会を堪能することにした。
 様々に角度を変えて抉る様に女を攻め続けると、過ぎる快楽によって美しい顔がみるみる歪んでいく。
 完全に我を忘れて狂乱する女を見ながら、俺は冷静に思った。
 この男好きのする美しい女ならば、恐らくすぐに別のパトロンを見つけるだろうと。
 更にピッチを上げて激しく女を揺さぶり続けていくと、俺を咥え込んだ女の部分がきつく収縮し始めた。
 どうやら女に頂上が見え始めてきたようだ。

「おねが、い…、キス…」
「……」

 男女の淫らな呼吸音と、ベッドが軋む音、そして淫水の擦れる音のみが豪華なスウィートルームに響き渡る。
 もはや焦点すら定まらない女をベッドに叩きつけるように揺さぶりながら、俺自身も次第に昇り詰めていく。

「面倒な女だな…」
「……」

 俺は女をイかせる為に半開きで喘いでいる朱唇にキスを与えた。
 瑠璃は満足そうに俺の唇を貪り、恍惚の表情で舌を絡めてきた。

〔いい加減にしろ! 嗽どころか歯の磨き直しまでさせる気か! 俺には時間がないんだぞ!〕

 キスがうっとおしくなった俺は唇を無理矢理離し、苛々をぶつける様に乱暴に瑠璃の中を突き上げた。
 その瞬間、獣じみた快楽の悲鳴があがるのと同時に、俺は女の体内に余すところなく全てを放出した…。



 完全に気を失った女をベッドに残し、俺は再びシャワーを浴びて一から身支度を整えた。
 纏わりつく様なシャネルlワの痕跡を洗い流し、愛用しているダンヒルのトワレを纏いなおす。
 Desire…、含みきれない程に激しい欲望の香り。
 コントロール出来ない、身を焦がすような情熱を呼び覚ますべく与えられた香り。

『トップは“掻き立てられる欲望”、ミドルは“焦らされる欲望”、ラストは“燃え上がる欲望”だそうだ! 君はこのキーワードを理解して俺に贈ってくれたのか?』

 からかいを含んだ俺の質問に、あの日の美凰は可愛い耳まで真っ赤に染め上げてうろたえていた。

『まあ! そんなことちっとも存じ上げませんでしたわ…。ただ、あなたにならお似合いの香りかと思いましたの…。どうしましょう! 羞かしい…』
『美凰…』

 嘗て、愛したと思い込んだ女からの贈り物。
 あの赤くなった初心そうな姿さえ演技だったのだ…。
 そんな単純な事にすら気づかなかった間抜けな俺…。
 俺を裏切った女からのつまらない香水を、五年にわたって使用している俺は一体何なのだ?!

〔しっかりしろ、小松尚隆! これは女達にも評判がよく、俺が気に入っている香りだから使用しているだけだ。いちいちこんなものまで変えたりするのは面倒だったからだ…。拘っても仕方がない事に何を感傷的になっている? 莫迦莫迦しい! それよりさっさと支度をしろ! いよいよ芝居の幕が上がるのだからな…〕

 ふと腕に目をやると、運命の再会の時間まで既に一時間を切っていた。
 そろそろここを出なければ遅れてしまう。

〔毛氈の奴、苛々しながら待っている事だろうな…〕

 お抱え運転手は、女が係わった際の主が時間通りに姿を現さない事にはすっかり慣れている。
 そして今日は二人目の女をタワーマンションへと運ばせると言えば、あの生真面目な男は俺の精力の旺盛さに羨望の溜息をつくのだろう。

 さあ、復讐の幕開けだ!
 俺はベッドで気死したままの女を振り返ることなく、情痴の痕跡さえ残さずに素早く部屋を後にした。
 無論、SPの一人に女が目覚めたら朱衡にいつも通りの事後処理をさせ、早々に追い出すようにとの命令を出して…。

_8/95
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