まぼろし 3
 そしてその夜…。
 五年ぶりに再会した美しい蝶を、俺は張り巡らせた蜘蛛の巣の中に絡め取った…。
 まぼろしではない女の感触。
 もう二度と見失わない。
 俺の気の済むまで、言いなりにさせてやる。
 気を失った美凰の身体からブラウスとスカートを脱がせると、何の飾り気もない白い下着姿となった。
 男をそそる事もない、清潔なだけの修道女の様な木綿の安物…。
 嘗ての想い出が蘇る。
 あの時、美凰はとても愛らしいピンク色の絹の下着を身につけていた。
 男の心を惹く素振りを巧みに隠し、自分自身を美しくラッピングする為に…。

〔子供だましの手管に引っかかった、愚かな男だったというわけだ…〕

 出来るだけ淡々と脱がすつもりが、いつの間にか興奮してしまっている。
 俺の中心部は痛いほどに欲望を訴えていた。
 午前中にあれ程の精力を使い果たしたというのに、俺の中にはどれだけの欲望が存在するというのだろう。

〔いや…、この女だからだ…。お前だからだ…、美凰…〕

 少しだけ震える手がストッキングを剥ぎ、キャミソールを脱がせる。
 息苦しそうに喘ぐ胸は五年前の記憶より、豊満になっていた。

〔この美しい胸を…、くたびれた中年男が…〕

 苛立つ俺の指先が手馴れた仕草でフロントホックを外すと、ブラの中ではちきれそうになっていた胸の膨らみが露わになった。

〔ああ…、なんて綺麗な胸なんだ…。こんな完璧な胸がこの世に…〕

「うっ…、うぅぅっ…、さ…、」
「……」
「っ…、うぅぅっ…」

 瘧にかかった様にぶるぶる顫え、涙を流して喘いでいる姿は仮病ではない。
 手足は冷え切っているのに、額に手をあてると恐ろしく熱かった。

〔ただの風邪だろう! SEXが出来ない程の事じゃない! 構うものか! どうせ俺のものだ…。意識があろうとなかろうと…、熱があろうとなかろうと…〕

 美しい肌が身につけていた最後の一枚を乱暴に剥ぎ取ると、そこに徴された真紅の色にかっとなった俺は悪夢に見舞われたかの様な心地になり、小さな布きれを床の上に叩きつけた。

「お前という女は…、この期に及んでなんというタイミングで俺を狂わせる!」
「……」

 叫んでみても返事のあろう筈がない。
 がたがたと白い裸身を顫わせ、ただ小さく呻いているだけの弱々しげな姿…。

「くそっ!」

 暗闇の中で全裸にした美凰の上に羽根布団を被せると、俺は興奮した己を鎮める為にバスルームへ向かった…。



 熱いシャワーの下で行う久しぶりの自慰行為…。
 男に備わった生理的現象とはいえ、滅多にする事のない無様な行為の時、いつも思い浮かべるのは美凰の面影だった。
 そしてそんな自分を俺はずっと嫌悪し続けていたのだ。

「くっ! うぅ…」

 熱い湯の雨の中に白濁の欲望が夥しく滴り落ちる。

〔くそうっ! 美凰の中に…、放つべきものだったのに…〕

 身体をぶるっと奮わせて、俺は大きく息をついた。



 俺はローブを身につけてバスルームから出ると、冷えた缶ビールを口にしながら美凰のバッグの中にあった手帳の中身を確認し、明日以降の彼女の行動を記憶に叩き込んだ。
 そしてもう一人、短期間の愛人として囲っている女、沢田万里子の携帯をプッシュした。

『まあ! 尚隆! 嬉しいお電話だわ!』
「やあ、万里子! 元気そうだな?」
『三日前にご帰国なさったとか? そろそろお電話戴けると思ってたのよ!』

 長く続く事は無いだろうが…、万里子のこういう所が気に入っている。
 瑠璃の事は朱衡から取り立てて報告が無いところを見ると、無事に解決したらしい。
 流石は冷徹秘書室長といった所か。

「所で明日は暇かな?」
『貴方の為ならどんな事をしても時間を作るわ! 何処に連れて行ってくださるの?』
「9時スタートでゴルフでもどうだ? その後はそうだな…。ニューオータニのスウィートで再会の喜びを分かち合うというのは?」
『朝から夜までスポーツ尽くめの素敵なデートね!』
「そうだな…」
『朝までずっと一緒に居られたら…、素敵だと思わない?』
「……」

 その言葉に眉間が寄る。
 俺は、女と朝まで過ごす事になるような事態は出来るだけ避けてきた。
 欲望のはけ口でしかない女達と、親密になりたいなどと思わないからだ。
 特にこの五年間は殆どがそうだった。
 誰であれ例外というものはない。

〔…、万里子もそろそろお払い箱か…。まったく! 女というやつはどうしてこう…〕

 男の欲望が醒め始めているとは露知らず、万里子は甘い声音で響かせ続けていた。

『じゃ、今日はこれで…』
『お迎えを楽しみにしているわ…』
「ああ…」

 電話を切った俺は暫くぼんやりとしていたが、やがて寝室で熱に浮かされて喘いでいる美凰の為に濡れタオルと薬を用意した。



 ベッドの上で荒い息を吐いている美凰の額に冷たいタオルを乗せる。

『お願い…、あなたを愛しているの…。こんなひどいこと…』

 はけ口の無い怒りと欲望…。
 嗚咽の中で囁かれた偽りの愛の言葉、怯えた小動物の様な仕草さえ、俺を捕らえて離さない女。

〔よくもぬけぬけと! 愛しているなら何故、他の男のものになった?! 何故俺を裏切った?!〕

 意識のない美凰を辱めても意味が無い。
 俺の目的は復讐なのだから。
 意識がはっきりしている状態の女の身体に用があるのだ。
 だから…。
 この期間が終わったら、もう二度と容赦はしない。
 この美しい顔が屈辱に塗れ、苦悶に呻く様を楽しむ。
 そしてこの美しい身体を思う様陵辱して、俺なしではいられない身体にしてから弊履の如く捨てる…。
 絶対にそうしてやるのだ。
 俺は決意も新たに、虚しい五年の間、求め続けていたまぼろしの罪人の処遇について、あれやこれやと楽しい思いを巡らせながらくつくつと笑い続けた…。

_9/95
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