\-ix 出生異聞奇譚ix 人殺しの毒

「流石、よく立っていられるな」

 カルロと戦うも、様子見をしていたらその隙に軽い傷を作られてしまった。傷口から痺れが広がり、手先足先の感覚が薄れる。奴の剣に毒が塗られていたのだ。大剣が手から滑り落ちた。
 そんなことはありふれているのだろうが、私は普段相手に剣を抜かせる前に殺してしまうようにしていた。早めにケリをつける事こそが私が今まで生き残って来られた秘訣なのだ。
 というわけで、当然毒への耐性など無い私は当然に痺れを感じているのである。立っているだけで褒められる程の毒らしいが、そこは流石裏社会で育った人間という事にしておいてもらいたい。

 私は普段相手に気付かれる前に殺すのを得意としている。だからこそ、相手と向き合った状態から始めるのは一つ殺すタイミングを失った事になる。今回は様子見をしようとしたのが大失敗だった。これは早めにケリをつけなければXANXUSが動く羽目になる。よく見たら寝てるじゃねえかこいつ。

「仕方ない、か」

 雲オオカミには適当な雑魚を処分してもらっていたのだが、私の元に来てもらう事にする。指輪を形態変化をさせると雲オオカミは私の右手から生える大剣となった。こちらの方が重みを感じない為、大変扱いやすい。その上、痺れているからといって離れる心配はない。体さえ動けばなんとかなる。

「ほう……だがお前の体に回った毒は徐々にその効果を増すぞ」
「突然よく喋るようになったね。戦いが好きなの?気持ち悪い」
「悪口が過ぎる女は嫌われるぞ」
「別に誰からも好かれようとは思ってねえし。遺言はそれか?」
「それはこっちの台詞だなあ!」

 そう叫ぶとカルロは跳んで来た。次の一撃で仕留めなければならない。筋肉の動きを見て相手がどのように動くか、どのような軌道を描いて来るかを見定めるのだ。これらはその場の計算で何とかする物では無い。私に出来るのは、自分の経験に基づく勘を頼りにする事だけだ。


 勝負は一瞬で終わった。自分の塗った毒を過信したのだろう。形態変化でほとんど痺れなど無意味になっていることを考慮に入れなかったのが奴の敗因だろう。ただそれはカルロが特別弱いという訳ではない。経験が私より浅かった、それだけなのだろう。

 カルロの首を吹っ飛ばすと数秒して拍手が部屋に響き始めた。形態変化を解きアレッシオを見る。彼は今までとは比にならない満遍の笑みを浮かべ、私に向かって拍手を送っていたのだ。

「素晴らしい。あの毒は私が仕入れた物でしてね、良い品なんです。人殺しの時だけに使うよう命じていたのですが、ヴェリタは殺してはいけないと口酸っぱく言っていたのにこいつは塗りましてね。処刑を考えていたところなんです。結果としてお前は死んでいないですが、時間の問題かもしれませんね。解毒剤を渡します」
「いらねえ」
「何故!死んでしまうかもしれませんよ」
「この程度じゃ死なねえよ。私の勘がそう言ってる」
「勘ですか」

 そう言うと彼はそっと立ち上がり指を鳴らした。すると辺りは部屋から一変し荒野が広がった。この空間にはソファに寝転がったXANXUSとアレッシオと私しかいない。この感覚は身に覚えがよくある。

「術師か」

 目を覚ましたらしいXANXUSがそう言う。今まで術の気配は感じなかったからこれが出会って初めての術なのだろうか。それにしてもこのような高度な術を使うとは。

「ええ、そうですよ。ですから私の娘であるヴェリタにも術師の才覚はあるだろうと思うのですがね。さて、この空間もそう長くは保たないので、手短に済ませましょう」

 そう言うとアレッシオはどこからか現れた鞘から剣を引き抜き鞘を放り投げた。こちらからしても毒があるから早めに終わらせたい。

「そうそう、あの手帳には何の細工もしていませんよ。正真正銘、ディアナの書いた物です。最も、疑ってもいないでしょうが。私の娘が現物を手に取ってその程度の見分けがつかないわけがないですからね」
「偽物だとは疑わなかった。これもまた勘になるが」
「ふふふ、本当にディアナにそっくりだ」

 手短に済ませましょうと言いながらも相変わらず話が長いアレッシオは荒野の果てを眺める。この2日間で彼について分かった事、それは話が長いという事だ。

「ディアナもよく勘を頼りにして生きていましたよ。そして死んでしまった。私に何も告げず、勝手に死んだんです」

 この人の目的が分かった。それはやはり、私を手に入れる事だ。

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