第35話 ヒーロー

「買い出しに行こうぜ」

 という切島くんの提案で仮免講習のある轟くんとダンス兼任メンバーを除いた演出隊メンバーでショッピングモールへと来ていた。最終的に加えたくなった備品や消耗した物の補充に来たのである。
 最近、演出隊で集まると話題は演出関係ばかりになる。それで盛り上がれるのだからすっかり職人だ。

「やっぱ瀬呂一人じゃ観客全員を守れない可能性もあるだろ」
「そこは空間もサポートしてくれるよな」
「あ、はい」
「空間は照明もあるし、なるべく負担をかけないようにした方が良いしな」
「回収した後も困るよなーもっと上手くいかねえかな」
「……ギャラリーが良いと思うよ」
「ギャラリー?あの2階の事か?ギャラリーって言うのか」

 私は主に照明を担当する。それに加えて皆のサポートも適宜することになっている。ぶっちゃけめちゃくちゃ忙しい。
 視界の端に入れておけば操れるから、ギャラリー(今覚えたての単語だが)の真ん中から会場を見たら全てのスポットライトを一気に操れる。照明向きの個性だ。
 しかしサポートも加えるとなると急に忙しくなる。やはり守るべきは観客の安全だ。ヒーロー科として以前に舞台の提供者として守るべきものである。

「本番まであと1週間ってやばくね」
「大分完成出来てるとは思うけど、怖えよな」

 皆、良い舞台にしようと努めている。個性豊かな面々が協調性を持って取り組む様には胸を打たれずにはいられない。私も全力を出さねば、と自然に思わせてくれる良い雰囲気が仕上がっている。
 特にこの演出隊はそれがよく出ている。ちなみにこれはただの贔屓目である。

「てか、空間は何で元ヤンなんだ?」

 前言撤回。今はヒーローと舞台の事だけを考えなさい。


「じゃあ別にヤンキーだったわけじゃないのか」

 何故か事情を説明しなければならなくなり、適当なカフェにゴツい野郎共と一緒に入る目に遭っている。そして軽く過去に対する自己認識を話す。ただ人に頼られて天誅を下して回っていたら勝手に恐れられてたんだよ、と。

「失礼な話だよな」
「まあ目つき悪いし」
「失礼な」

 私の目つきなんて可愛いものだろう。この学校にはもっと目つきの悪い人はわんさかいるし、プロヒーローにだってわんさかいる。人を見た目で判断してはいけないのだ。


「にしてもよお」

 切島くんが普段のペースで話す。

「それって、頼んだ奴からしたら空間はヒーローって事なんじゃねえの?」

「え……?」

 頭の中で鈍い衝撃が走った。


 その日の夜は爆豪に呼び出された。最近は勝手に私の部屋へ来る事が多くなっていた為に久しぶりの訪問である。
 部屋の扉をノックしても返事が無かったから勝手に開けてみたら、そこには爆豪は居なかった。呼び出しておいて何なんだよ、と思いつつ勝手に椅子に座る。
 少し待つと爆豪が帰って来た。両手にペットボトルを持っている。飲み物調達かよこのやろー。私の姿を見つつ爆豪は挨拶もせずに飲み物を冷蔵庫に入れる。そして冷蔵庫内で冷やされたお茶を1本手渡してくれた。

「ありがとう」

 そう告げるも爆豪は自分も冷たいお茶のキャップを外して無言でベットに腰掛ける。それを見て私もキャップを開けて口につけた。
 そのまま無言の時が流れる。大変気まずいのだが、爆豪は話すこともせずスマホを弄り続けている。そしてとうとう歯磨きまで済ませてしまった。

「え、何、寝るの?」

 そう聞いてもまだまだ無言の爆豪。何故、何故なのか。もう帰ろうと思ったが、ここへ来た意味を作り出したくて、一言でもかけて帰ろうと思った。

「今日、演出隊の奴らと買い出しに行ったんだけどよ、そこで私の中学時代の話になってさ。そしたらヒーローだったんだな、っぽいこと言われて……びっくりしちゃったよな」

 それでも返事は無い。何か機嫌が悪いのかもしれないが、追い出されないという事はここにいて話す事は許されているのだろう。いや、呼び出したのはこいつだけどな。

「私、立派なヒーローになりたい」
「……だよ」
「は?」

 久々に発声したからか全く声が出ていない爆豪。お陰で貴重なそれを聞き取れなかった。

「お前は、元々立派なヒーローだろ」

 ……?

「まあ仮免受かったし、半人前ではあるかな」
「違えよ。言っとっけど、仮免落ちたけど俺の方が上だかんな」
「急に張り合ってくるなよ」

 私がヒーロー?そんな訳はない。まだまだヒーローには程遠い存在だ。それでも立派なヒーローを目指して、ほとんど監視のために名門校に入れてもらえて、自分の個性を模索しながらも前に進もうとしているだけの存在だ。

「中学の話だ。見かけた事あるって所までは話したよな」
「そういえば言ってたな」

 爆豪は噂で私の事を中学の頃から知っており、見かけた事もあった。そして高校に入って私の個性に違和感を抱き接触して来た、というのが私達が話すようになるまでの流れだったはずだ。

「……見かけたのは、中2の冬。受験まで1年だし、モチベーション上げる為にここの周りをぶらついてた。そこで見たのは、一人を背にして大勢に立ち向かうお前の姿だった」


 中2の冬。私はよく目立つ普通の公園で複数人を相手にした事があった。

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