第36話 「喧嘩代行」
「あねさん!あねさんー!」
「うるせえなあ」
私の「喧嘩代行」の手伝いを勝手にする奴らが周りに気がついたら出来ていた。これは私のどうでもない噂に尾でも何でも着いて広まったのが原因である。いつだって適当な人の噂を広めるのが好きな人間は面倒だ。
困ったら屋上に手紙を置いておくように。そしたらあの空間颯が相手に殴り込みに行くぞ。
そんな噂も流れ、勝手に屋上に手紙が置かれるようになり、ぽつりと出来た舎弟のような奴らがそれを勝手に回収して渡してくるようになった。屋上に置くなんて、風で飛びそうで私は良い方法とは思えなかった。
「まあまあ、折角だし読んで下さいよ!」
「読むのは読むけどよお……」
例え面と向かって言えない、風で飛びそうな小さなサインであっても、それがSOSである限り私はそれに答えたいと思っている。そうやって誰かの役に立っているのかもしれないという実感が欲しいのと、それを自己の存在証明としているからだ。つまり、この声を無下にしたら私ではなくなるのだ。
『空間様
噂は伺っております。是非、私の願いも叶えて頂きたいです。
私の願いはただ一つ、憎き3-1の重節を倒す事です。奴は自分の力を過信し、人を貶め、それでいて自分はヒーローになれると勘違いしているのです。
命を奪うとまでいかなければ、どこまでやって頂いても構いません。
今日の放課後、奴を近くの公園に呼び出しています。こちらで是非宜しくお願い致します。』
こうやって名乗る事もせず、顔も見せない相手の為に私は拳を痛めるのだ。3-1……と言う事は1つ上の学年であるし、重節と言えば他人にあまり興味の無い私でも聞いた事がある。なかなかに恨みを買いそうな人物ではあるし、殴り甲斐もありそうだ。
そもそも個性を使う事で拳へのダメージは無くすことが出来る。それでもやはり間接的に痛めつける私の個性よりも、実際に手で痛みを共有したいと思っている。ある意味で贖罪であり、ある意味で達成感を得る為のものだ。
放課後。指定された公園へと来た。これで重節が居なくても良し、居ても良し。どのみち私には良い方向にしか進まないのだ。きちんと来る以外の選択肢は無い。
というのは、こうやって呼び出されたのは実は囮で、大人数に囲まれ私を倒そうと襲い掛かられるといった経験がいくつかあるのだ。そういうのが居るからこそ呼び出しに応じるのはリスクでもあるが、そいつらを返り討ちにする事で自分の力を証明できる。それはそれで良い事なのだ。
「よお。俺を呼び出したのはお前か」
私でも知っている顔だ。なるほど、お前が重節なのか。結びついていなかった名前と顔が一致した。確か重力をコントロールする個性を持っているとか。面倒な相手だなあと思いつつ対峙する。今は一対一だが、これからどうなるか分からないから周囲にも気は抜けない。
「お前さあ、俺を呼び出すなんて調子乗ってんじゃねえの?女が人殴るからってちやほやされて、良い気になってんじゃねえの?」
「こんな場面で性差のせいにするなんて余裕ねえんだな」
「はあ?いやいや俺の前だと性別も体格も皆等しく雑魚だからよお!」
煽り耐性の無い重節がそう叫ぶと同時に体が重くなる。重力コントロールとは行っても、私の身だけを下へ引っ張っているようだ。なんだ、もっと大掛かりなものを想像したじゃないか。
「ぎゃはは!ほらほら、立ってるだけで精一杯なんじゃねえの?」
楽しそうな重節のイラっとする声を聞きながらとうとう膝から折れた。ここは公園であり、下は砂と砂利。つまり、かなりの衝撃だった。
「痛えじゃねえかよ……!」
先程私のポリシーはお話した。拳第一主義を掲げているが、この状態では拳を振り上げる事がままならない。となれば仕方なく、個性を使う他無い。他人を攻撃する為に使うのはほとんど初めてだから、加減も何もかも分からないが。
「ってぇ!!」
とりあえず折角地面に手をつけているのだし、砂を操作する。ちょちょいと重節の目を目掛けて飛ばす。目に入ったのかは分からないが、とっとと洗って来た方がいいぞ、それ。めっちゃ汚いぞ、それ。
重節の個性が緩まった隙にようやく周りを警戒する余裕が生まれ、ひとまず重節から距離を取る。やばい、今までに加勢が来ていたら私はひとたまりもなかった。
「……!」
すると、ある人影が目に入った。スクールバッグを両手で握りしめ、私を見つめる男。目が合うとこちらに駆け寄って来た。両手で握りしめるくらいにびびって見てたくせに何してんだ、こいつ。
「空間さん!本当に来てくれたんだね!ありがとう!」
その言葉でこいつが手紙の主だと気付いた。
「いや邪魔しに来んなよ!」
どう考えても足手まといだ。普通に邪魔だ。何故来たのか意味が分からない。全く分からないが、ようやく視界を取り戻せたらしい重節の目が彼を捉えた。そして丁度周りから大勢が公園に集まって来た。
「危ない!」
その瞬間、反射的に体が動いた。
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